事例

世界シェア 90%超 の「極薄銅箔」を支える、三井金属の現場主導 DX

目次

  1. DX の出発点。現場開発への転換が始まる
  2. 現場開発への転機と内製開発の推進
  3. DX 推進体制の整備と草の根活動の開始
  4. 現場主導で生まれた改善提案ツール
  5. 現場と情シスが連携して実現した電子製造ライン検査表システム
  6. DX が進んだからこそ、ガバナンスへ

三井金属株式会社 [証券コード:5706] 銅箔事業部 上尾事業所は、AI インフラやスマートフォンなどの半導体基板の製造を支える極薄銅箔を製造している。5マイクロメートル 以下の極薄銅箔市場では世界シェア 90% 超 を誇り、高度で精密な「ものづくり」が求められる領域で強みを発揮している。同社では DX 推進の過程で社内に開発者が増加し、現在は「システムの民主化」と「ガバナンス」の両立という新たなテーマにも取り組んでいる。今回のインタビューでは、システム部門主導の限界を乗り越え、現場が主体となって推進した DX の取り組みと、その先に見据える新たな挑戦に迫る。

1. DX の出発点。現場開発への転換が始まる

同社の製造現場では長年にわたり紙帳票を中心とした業務運用が続いていた。基幹システムでは管理しきれない業務を補完するための仕組みは存在していたものの、現場改善のスピードや情報共有の効率化という観点では課題も残されていた。

近年、デジタル技術の進化や DX 推進の機運が高まるなか、「現場の課題は現場が最も理解している」という考え方の下、同社では現場主導による業務改善を実現する新たな取り組みが始まる。上尾事業所では、IT 部門がシステムを提供するだけではなく、現場自らが改善できるデジタル環境を整備し、継続的な改善活動を支える仕組みづくりに挑戦することになった。

2. 現場開発への転機と内製開発の推進

転機となったのは 2020年頃である。コロナ禍を契機とした業務のデジタル化や、情報活用ニーズの高まりによって、情報技術課には開発や改修に関する依頼が急増した。 銅箔事業部 上尾事業所 情報技術課 課長 三浦 幸一氏は「依頼は年間約 200件 にも及び、営業日換算ではほぼ毎日、新たな改善要望が寄せられました」と当時の状況を振り返る。

しかも、その多くは単純な開発依頼ではなく、現場が抱える複雑な課題を背景に持つものであり、本来であれば十分なヒアリングと要件整理が必要な案件ばかりであった。

三井金属 機能材料事業本部 銅箔事業部 上尾事業所 情報技術課 課長 三浦 幸一氏

しかし、限られた人数で運営する情報システム部門だけでは、すべての要望に迅速に対応することは難しい。結果としてデジタル化による改善活動が停滞したり、現場とシステム部門の認識にずれが生じたりする場面も発生する。そこで発想を転換し、「現場が自ら改善できるデジタル環境」を整備する方向へ舵を切った。Claris FileMaker を活用し、ライセンス数を拡大するとともに、勉強会や DX ポータル、メルマガ配信などを通じて学習機会を提供したのである。単にツールを配るのではなく、興味はあるもののきっかけを待っていた「アーリーマジョリティ層」を、自ら価値があると判断すれば自分で調べて主体的に動く「アーリーアダプター層」へと引き上げる。そうした意識変容を促す地道な支援を重ねることで、現場のデジタル 人材を着実に育成していった。

情報技術課 主任 澁谷 和彦氏は FileMaker について「以前から、直観的で初心者にも向いていると感じていました。当社のクライアント環境が Windows PC と iPhone で、どちらでも使える点や、ツールの経営母体が安定しており、なくなる心配がない点も評価しました」と語る。

3. DX 推進体制の整備と草の根活動の開始

現場主導によるデジタル業務改善を広げていく転機となったのが、2022年に策定された中期経営計画である。この計画の中に「DX への取り組み」が組み込まれたことで、DX は一部の改善活動ではなく、全社的なテーマとして位置付けられることになった。

上尾事業所においても、DX ボトムアップ推進の中心的役割を担う専任担当として澁谷氏が任命され、現場へのデジタル活用浸透活動が本格化した。

澁谷氏は DX 推進のため FileMaker を含む複数の IT ツールを選び、活用を推進する草の根活動を開始した。

三井金属 機能材料事業本部 銅箔事業部 上尾事業所 情報技術課 主任 澁谷 和彦氏

具体的には、希望者向けの勉強会や DX ポータルサイトの整備に加え、メルマガ配信や DDX(銅箔DX)ステッカーの配布など、社員が DX を身近に感じられる仕掛けづくりも行った。

これらの活動は、既に活用している層だけでなく、心理的ハードル(キャズム)を乗り越えアーリーアダプターに成長する支援へと繋がる。

こうした取り組みによって現場の心理的ハードルは徐々に下がり、デジタル化改善活動に挑戦する社員が増加。その結果、さまざまな成功事例が生まれ、DX 推進の機運がさらに高まっていった。

社内向け FileMaker ポータルサイト

4. 現場主導で生まれた改善提案ツール

こうした活動が広がるなかで、現場から実際のデジタル化改善事例が生まれはじめる。その代表例の一つが、品質管理部門における改善報告集計ツールである。これは、各社員から上がってきた改善報告書などの集計作業の効率化を FileMaker で担うものだ。

従来、改善報告書の集計作業は複数のツールを利用しながら担当者が手作業で行っており、集計ルールの確認やデータ加工など、業務負荷の大きい作業となっていた。

そこで改善チームでは、まず作業内容を細かく分解し、それぞれの工程で本当に必要な機能は何かを検討。そのうえで、操作性や保守性も考慮しながら最適な仕組みを模索した結果、FileMaker による内製開発を選択した。

構築されたツールによって集計業務は大幅に効率化され、年間 120時間の作業削減につながった。この成果を、当時入社 2年目の技術職である情報技術課 DX 担当 林 楽人氏の QC (Quality Control:品質管理)サークルチームが社内の改善発表大会で発表。全社大会出場を果たすなど高い評価を受け、一躍 FileMaker の名前が全社に広まった。

重要なのは単なる時間削減効果だけではない。この成功体験により、「自分たちでもシステムを作れる」「業務を自ら改善できる」という意識が現場に広がったことである。改善提案集計ツールは、現場による開発文化を定着させる象徴的な事例となった。

5. 現場と情シスが連携して実現した電子製造ライン検査表システム

もう一つの象徴的な取り組みが、製造ライン検査表システムである。この取り組みは製造部門と情報技術課がプロジェクトとして連携しながら進められた。

製造現場では、製造条件や作業状況を記録する検査表が長年紙媒体で管理されており、作業者は紙媒体に記帳するために装置まで移動し、記帳しなければならず、また各工程で記帳フォーマットや、運用方法・項目に細かな違いが存在していた。

そのため、データの確認に時間を要したり、デジタル化するために紙データを手入力してデータ解析するため効率が悪いなど、多くの課題を抱えていた。

そこで各工程の業務内容を丁寧に確認しながらフォーマットの標準化を進め、センサーデータ収集システムとも連携し自動でデータ取得するアプリも開発し、そのうえで iPad を活用したロケーションフリーな検査表システムを構築した。

現場で必要な情報をいつでも確認できるようになり、作業開始前の確認や次工程への情報共有もスムーズになり、デジタル化によるデータ連携が容易となることで見える化・データ解析が進み、さまざまな改善が加速している。

従来行っていた紙媒体帳票の保管や、電子保存のための PDF スキャン作業も不要となり、月 20〜30時間程度の業務効率化につながった。この取り組みは、単なるシステム導入以上に、現場業務そのものを簡素化するだけでなく、見える化・データ解析を可能とした DX プロジェクトの成功体験として位置づけられた。

従来、作業者は装置まで移動して紙媒体に記帳。さらに紙媒体帳票の保管や、電子保存のために PDF スキャン作業も発生していたが、システム構築により効率化された

6. DX が進んだからこそ、ガバナンスへ

FileMaker 活用は事業所内に着実に広がり、80 を超えるアプリが運用されるまでになる。ライセンス数も 200 以上に拡大し、多くの現場社員がFileMakerアプリ開発に関わり、業務改善に取り組むようになった。これはシステムの民主化という観点で大きな成果であり、現場主導でデジタル改善を進める文化が根付きはじめたことを示している。

しかし、民主化が進んだからこそ新たな課題も見えてきた。開発者ごとにアプリの作り方のバラつき、異動や退職が発生した際には修正や保守が難しくなるケースが生じはじめたのである。製造現場を支えるシステムとして継続的に利用していくためには、属人化しない開発体制を求める声が多くなる。

課題解決のきっかけとなったのが 2023年の Claris カンファレンスであった。澁谷氏は、民主化を維持しつつ開発できる、ありたい姿を実現するヒントを学ぶため、会場で Claris パートナー各社への相談を重ねるなかで、株式会社イエスウィキャンが提供する「Yes!開発ルール講座」と出会った。開発ノウハウの属人化を解消しながら、社内でシステムを継続的に育てていくための仕組みづくりに有効だと感じ、受講を決めた。

イエスウィキャンの「Yes!開発ルール講座」は、属人化を防ぎ、メンテナンス性の高いシステム開発を実現するための開発ルールを学べる講座だ。創業以来一貫して Claris FileMaker によるシステム開発に取り組んできた経験とノウハウをもとに、実践的な開発ルールを体系的に習得できる。

また、一般的な座学中心の研修とは異なり、「開発ルールの学習に特化したカスタム App を操作しながら学ぶ」という実践型のスタイルを特徴としている。

受講メンバーの一人である 製造課 DX 担当の藤野 左斗美氏は、「FileMaker は公開されている動画教材で中級レベルまで学んでいましたが、実際にプロがどのように開発しているのかを知りたいと思い受講しました。事前に教材やサンプルファイルが提供されていたため予習もでき、技術面だけでなく、正確な情報の伝え方なども学ぶことができて非常に役立ちました」と振り返る。

現在は、コードレビューやドキュメント整備、スクリプトの目的や作成履歴を残す運用など、開発ルールの標準化に向けた取り組みが始まっている。また、部門や職種の枠を超えてデジタル業務改革の知見や事例を共有し、みんなが学び合えるコミュニティの立ち上げも構想中だ。次のステージでは、民主化の成果を維持しながら標準化とガバナンスを両立し、継続的な DX を実現する組織づくりを進めている。

(左)製造課 DX 担当 藤野 左斗美氏、(右)情報技術課 主任 国府田 拓也氏

取材にご協力いただいた皆さま。(上段左より)高垣 僚太氏、林 楽人氏、藤野氏、飯野 保氏、長橋 道男氏 (下段左より)国府田氏、三浦氏、澁谷氏、田中 陽介氏

三井金属 銅箔事業部 上尾事業所の DX は、システムの民主化によって始まった。そして今、その取り組みは、ガバナンスを内包した仕組みへと進化し、新たな段階へ移行中だ。

世界シェア 90% 超の極薄銅箔を支える製造現場では、「民主化」と「ガバナンス」の両立により、持続可能な DX の取り組みが、組織文化として根付きつつある。

今後は現場で蓄積されたデータと内製開発の知見を活かし、生成 AI も含めた次世代の業務変革に挑戦していく。

2026年11月11日(水)〜 13日(金)開催の「Claris カンファレンス 2026」に、三井金属様が登壇し、本事例について詳しくご紹介くださいます。
「社内に開発者が増えると、何が起きるのか。 ― 三井金属が語る内製化の現在地 ―」
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【編集後記】

三井金属 銅箔事業部 上尾事業所では、DX に取り組みはじめて以来、FileMaker を含む多くの IT ツールを活用しデジタル化が進められている。社員の IT 教育に力を入れていることもあり、IT リテラシーも向上した。また、「誰でも挑戦 OK、失敗 OK」の方針を掲げ、社員の心理的安全性を確保し、現場が安心して前向きに挑戦できる環境づくりを徹底したことが、同社の DX へ向けた企業風土変革を力強く牽引しているのだと感じる。「システムの民主化とガバナンスの両立」という新たなステージに向かう三井金属の姿は、業務システムの内製化を目指す多くの企業にとって大きな道標となるだろう。