事例

コスト削減と福祉の質向上。相談管理の現場の DX が市民の暮らしを支える

目次

  1. 市民に寄り添う支援体制を目指し、新たな一歩
  2. 配色までこだわる、ユーザにやさしい UI を追求
  3. 課をまたぐ共有が生んだ “家族支援” と、検索性がもたらす心の余裕
  4. 異動先につなぐ DX のバトン。データ活用で描く富士宮市の未来像

世界遺産・富士山の麓に広がる静岡県富士宮市。豊かな自然と歴史に彩られたこの街は今、全国の多くの地方自治体と同様に「少子高齢化」という大きな課題に直面している。人口約 12万 5,000人に対し、高齢化率は 31% に達し、若年層の市外流出も懸念されるなか、市民一人ひとりの暮らしを支える保健福祉部の役割は、かつてないほど重みを増している。

しかし、増大する業務量、煩雑な記録作業、課をまたぐ情報連携の難しさ、といった課題は住民へのきめ細かな支援の妨げに。「職員が本来の支援業務に集中できる環境をつくらないと、住民対応の質を上げられない」

こうした状況下で同市が踏み切ったのが、福祉業務の要である「福祉相談記録管理システム」の刷新だ。長年使い続けてきたパッケージ製品を離れ、同市が選択したのは Claris FileMaker だった。

「現場のストレスをなくしたい」という職員の情熱と、Claris パートナーの技術力が融合して生まれた新システムは、従来比 50% 以上のコスト削減という劇的な成果をもたらした。少子高齢化という時代の要請に、現場発のイノベーションで応えた富士宮市の挑戦を追う。

1. 市民に寄り添う支援体制を目指し、新たな一歩

富士宮市 保健福祉部 高齢介護支援課 望月氏は、地域包括支援センターの運営や認知症施策などを通じ、日々市民の声に向き合っている。市民から寄せられる相談件数は、同課だけで年間約 2,700件にものぼる。「市民の皆様からの相談を正確に記録し、継続的な支援につなげることが私たちの使命です」と、望月氏は語る。

富士宮市 保健福祉部 高齢介護支援課 望月氏

この膨大な記録を管理するために、従来は他社のパッケージシステムを利用していた。しかし、市独自の業務フローに合わせたカスタマイズができず、現場の職員の負担になっていた。

運用の大きな壁となっていたのがコストだ。5年ごとの機器更新やシステム見直しに伴う費用は、無視できないほど高額だった。かつて情報政策課に在籍した同課 係長 鈴木氏も、当時をこう振り返る。

「限られた公費を投じながら従来型のシステムを使い続けることが、本当に市民サービスへの還元になるのかと、疑問を感じていました」(鈴木氏)

「システムに合わせて人間が動く」状況から脱却し、相談業務に特化した真に使いやすい環境を作りたい。その思いから富士宮市は既存のパッケージを離れ、新たな道を模索しはじめた。

富士宮市 保健福祉部 高齢介護支援課 係長 鈴木氏

2. 配色までこだわる、ユーザにやさしい UI を追求

システム刷新に動きだした富士宮市がパートナーに選んだのが、地元・静岡に支店を持つ株式会社アイ・アンド・シーだ。製造業のシステムを中心に手がけ 43年の歴史を持つ同社だが、当時は自治体へのシステム導入実績はほとんどなかった。実績重視の行政機関としては異例の選択だが、同社システムの資料を読んだ望月氏は、相談業務に特化したシンプルさと FileMaker の柔軟性に魅力を感じていた。

「従来のパッケージ製品は不要な項目が多く、作業画面のレイアウトも複雑でした。私たちが求めたのは、今の業務に最適化された究極にシンプルなシステムだったのです」(望月氏)

開発の際は、IT の知見を持つ鈴木氏が現場と開発サイドの橋渡し役として、現場のニーズを技術者視点で翻訳してアイ・アンド・シー 徳浪 則夫氏へと伝えた。開発にあたって特に重視したのは旧システムからの「操作感の継承」だ。多忙な現場の負担を考え、以前のレイアウトをベースに非効率な部分のみを徹底的に改善する手法をとった。

相談者側のメニュー。シンプルな構造と優しい色合いでユーザに寄り添った UI に

画面デザインにも独自の配慮を凝らした。相談窓口では、貧困や虐待など非常にデリケートで重い内容を扱うこともある。職員の心が少しでも和らぐように淡いカラーを基調とした配色にし、文字サイズも以前のものより大きく、読みやすく設定した。

「アイ・アンド・シーの徳浪さんは、私たちの細かい要望を一つひとつ丁寧に汲み取ってくれました。修正がその場ですぐに反映されるスピード感と柔軟性は、FileMaker ならではの強みですね」(望月氏)

新しいシステムは現場の使い勝手を最優先し、不要な機能を削ぎ落とした結果、軽快な動作と「50% 以上のコスト削減」という大きな成果を叩き出したのである。

「相談業務の本質を理解し、私たちの手足となって動いてくれるシステムが完成した今、その選択に間違いはなかったと確信しています」(鈴木氏)

2025年10月、現場のこだわりが詰まった新たな「福祉相談記録管理システム」が稼働開始した。それは、富士宮市の相談業務を劇的に変える大きな一歩となった。

「福祉相談記録管理システム」の概要(『福祉相談記録管理システム操作マニュアル』より)

3. 課をまたぐ共有が生んだ “家族支援” と、検索性がもたらす心の余裕

現在、このシステムは高齢介護支援課、福祉総合相談課、障がい療育支援課の 3課で利用され、加えてこども未来課での利用も視野に入れている。

自治体の福祉業務において、1つの案件が 1つの課だけで完結するとは限らない。例えば高齢者の介護問題の背後に、家族の経済的な困窮や子どもの不登校、あるいは障がいを持つ家族のケアといった複雑な課題が隠れていることは珍しくないからだ。

情報を一元管理することで、課をまたいだ支援につながる

こうした情報の有無は、支援の質を左右する決定的な要素となる。家族全体の状況を把握した上で適切な課と連携し、多角的なサポートを提案できるようになることで、真の意味での「家族まるごとを支える支援」となっている。

また、10年分以上に及ぶ過去の膨大な相談履歴を瞬時に呼び出せる「検索性」の向上は、現場の職員に大きな心理的メリットをもたらしている。高齢介護支援課だけでも年間 2,700件もの相談が寄せられる過酷な現場において、迅速に情報を引き出せる仕組みは不可欠だ。窓口や電話で相談を受けながら過去の記録を調べる際、市民を待たせているという焦燥感は職員のストレスに直結していた。

しかし新システムでは、キーワード 1つで過去の経緯を瞬時に確認できる。安心感は、相談業務に携わる職員にとって何物にも代えがたいものだ。

検索画面と、個別の相談記録

「申し送り」機能では重要な共有事項がある場合、一覧画面のアイコンが変化して注意を促す仕組み

このようにシステムが使いやすくなったことで、職員の表情にも余裕が生まれ、より相談者の方と深く向き合えるようになった。

「余計な機能がなく、必要な情報だけがそこにある。ストレスフリーな環境こそが、福祉の質を高める土台になるのだと実感しています」(望月氏)

現場の「我慢」を「余裕」へと変えた新システム。それは、富士宮市が目指す「誰一人取り残さない福祉」を支える、強固なインフラへと成長を遂げている。

4. 異動先につなぐ DX のバトン。データ活用で描く富士宮市の未来像

新システムの刷新を牽引してきた鈴木氏だが、2026年 4月からは「こども未来課」に異動となった。自身が構築に深く関わったシステムを、今度は異動先で一人の「ユーザ」として使い続けることになる。

「自分が構築に携わったシステムを、数か月後の自分が使う。これは非常に心強いことです。機密性の高い情報を扱う部署でも、FileMaker ならばアクセス権限を細かく設定でき、セキュリティと利便性を高い次元で両立できます。現場の困りごとを直接反映できる仕組みは、どの部署へ行っても強力な武器になります」(鈴木氏)

今後の展望として見据えているのは、蓄積されたデータの高度な活用だ。10年分以上におよぶ膨大な相談データを分析することで、市民が抱える課題の傾向を可視化しようという試みだ。

「例えば、特定の時期や地域で増えている相談を把握することで、より実効性の高い福祉施策を先行して打ち出す、といったものです。EBPM (エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング=事実や信頼性のある証拠を参照し決定する策定方法)の推進において、現場の生きた声が詰まったデータベースは宝の山です。徳浪さんには、これからもデータの集計機能や分析機能の強化を支えていただきたいと考えています」(望月氏)

徳浪氏も富士宮市の期待に応えるべく、さらなる進化を見据えている。「自治体業務は複雑ですが、現場が本当に必要としている機能に絞り込めば、これほど大きな成果が出せると改めて実感しました。FileMaker の柔軟性を生かし、今後は AI による入力支援など、現場の負担をさらに減らす提案を続けたいですね」(徳浪氏)

株式会社アイ・アンド・シー 徳浪 則夫氏

最後に、これから業務改善に取り組もうとしている他の自治体に向けて、鈴木氏が力強いメッセージを寄せてくれた。

「最初から完璧を目指す必要はありません。まずはスモールスタートで始めて、現場の声を聞きながら、少しずつ自分たちの使いやすい形に育てていく。システムが現場の味方になったとき、その先にある市民サービスは必ず向上します」

富士山の麓で始まった、現場主導の自治体 DX。職員の情熱から始まったその挑戦は、富士宮市の福祉の未来を明るく照らすバトンとなって、次なる世代に引き継がれようとしている。

【編集後記】

取材を終え富士宮市の街並みを眺めると、雄大な富士山が目に飛び込んできた。この景色の陰で、年間数千件もの相談に向き合う職員が求めていたのは、煌びやかな機能ではなく「目の前の市民に集中できるストレスのない環境」だった。50% のコスト削減と支援の質向上を両立させた事例は、自治体 DX の本質が「人間への優しさ」にあり、それが結果的に財政にもメリットをもたらしてくれるのだと教えてくれる。現場の声から生まれたこのシステムは地域に根差し、これからも進化を続けるに違いない。