事例

現場医師らが、ローコードで高速アプリ開発

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受け、その実態把握と対策を目的に、各地で様々な医療情報システムが構築され、稼働している。それらのシステムには医療機関が施設内の患者対応や治療支援のために独自に開発したシステムや、広域での医療リソースの現状を把握し、医療崩壊を防ぐことを目的にしたシステムがある。「第40回 医療情報学連合大会」*(2020 年 11 月 18 日~22 日、浜松市)では、独自にCOVID-19 対応医療情報システムを構築した医療情報従事者らによるシンポジウムが開催された。

左から
座長:白鳥 義宗 氏 名古屋大学医学部附属病院 メディカルITセンター センター長
岡垣 篤彦 氏 独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター 医療情報部 部長
草深 裕光 氏 社会医療法人蘇西厚生会 松波総合病院 副院長
山本 康仁 氏 東京都立広尾病院 経営企画室 小児科
橋本 悟 氏 京都府立医科大学 集中治療部 日本COVID-19対策ECMOnet CRISISリーダー
上村 修二 氏 札幌医科大学 救急医学講座 講師

多くの緊急対策システムで同じローコード開発プラットフォームを採用 

COVID-19 パンデミック対策として構築された医療情報システムは、現在、(1)医療機関が独自に立ち上げた院内システム、(2)医療機関の枠を超えて、広域医療リソースを把握し患者の最適配分を行う広域システム、(3)厚生労働省が運用する行政システムの3つに分けることができる。本シンポジウムでは、これらのうち医療機関や大学、学会などが独自に構築した広域・院内システムについて開発を主導した医師らが発表した。発表されたシステムは、すべて Apple Inc. の 100% 子会社 Claris International Inc. のローコード開発プラットフォーム FileMaker により開発されたシステムであった。

感染拡大初期に即応した医療従事者によるローコード開発

国の行政システムには「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」(HER-SYS)、「新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム」(G-MIS)、「新型コロナウイルス接触確認アプリ」(COCOA)などがある。一方、医師らが中心となって開発・運用しているシステムには、日本集中治療医学会・日本 COVID-19 対策 ECMOnet などが立ち上げた「横断的ICU情報探索システム」(CRISIS)、および札幌医科大学が構築した「札幌医療圏COVID受け入れ数共有システム」(CovidChaser)という広域システムと、大阪医療センター(大阪市)、松波総合病院(岐阜県羽島郡)、都立広尾病院(東京都渋谷区)などの院内システムがある。

最初に登壇した大阪医療センターの岡垣篤彦氏は、COVID-19 対策システムを行政システムと医師が主導して構築した広域および院内システムを比較し、その特徴や違いについて述べた。岡垣氏が強調したのは、行政システムが 4 月中旬~ 6 月中旬に稼働したのに対し、広域・院内システムの多くが短期間で開発され、2 月〜 4月初めには立ち上がっていた点である。「アジャイル型開発で構築した広域・院内システムは、非常に短期間で開発され、運用中に改良しつつ、かつ継続性が担保されている。使用者である医療従事者自身が開発を主導するため、優れた直感的な操作性とユーザ中心の画面設計 (UI) を実現でき、医療現場への浸透度も早い。しかも FileMaker プラットフォームを採用することで開発費が低く抑えられている」(岡垣氏)。

大阪医療センターは、病院全体の感染者状況を把握し、その対応を可視化する院内システムを構築した。具体的には、院内での PCR 検査実施と院内発熱者(37.5 度以上)を抽出。検査結果、病名、カルテ記載内容などを統合・同時に一覧できるようにし、感染患者への対応状況を把握できる仕組みである。

保健所で実施した PCR 検査の結果は、院内検査と同列に扱うべきでないとして電子カルテには保存しないという院内ルールがあり、電子カルテ以外のサブシステムに蓄積されカルテ本文には実施記録が記載されるのみだったという。そこでカルテ本文を検索するとともに、院内検査実施者は実施に伴う同意書を基に結果を抽出することで、陽性者全体の把握を可能にするアプリケーションを FileMaker にて院内で開発。「これら陽性者や発熱患者の状況から院内感染動向を明らかにし、以前から運用してきた耐性菌保菌者リストやインフルエンザ陽性リストなども統合して感染対策や医療資源の適切配置に役立てた」(岡垣氏)と述べた。

既存 ICT の有効活用で接触低減を実現

岐阜県にある松波総合病院では、医療従事者と COVID-19 が疑われる感染者との接触低減を目的とする各種システムをローコード開発プラットフォームにて構築した。具体的には、外来患者に対する非接触体温計とサーモグラフィー導入、ベンダー製 AI 問診システムを搭載したスマートフォンを使った院外での事前問診、iPad を用いた COVID-19 入院患者の診察・ケア、発熱患者に対する FaceTime 診察、家族との面会・面談、栄養指導、オンライン診察(0410 対応)、カンファレンスをオンライン化し、患者との接触低減を図っている。特に、COVID-19 患者との接触者調査のための暴露リスク評価システム、PCR 検査状況管理システムなどは、ローコード開発プラットフォーム FileMaker を活用することで、高速アジャイル開発が実現している。

同院では 2020 年 4 月 20 日に救急外来担当者の COVID-19 感染が判明したが、その際、多数の職員について、研修医との接触状況をチェックしたうえで濃厚接触者か否かを判定し、就業制限や健康観察方法を決定する必要があった。そこで、わずか 1 日で暴露リスク評価システムを開発。さらに、院内での PCR 検査件数(部署、検査法、検体採取部位など情報を含む)、陽性率、移動平均を表示し、流行状況を把握できるようにしたという。「入力された患者の発症日、接触日、接触の程度、患者・職員のマスクやガウンなど個人防護具の使用状況を基に、曝露リスクが自動表示される。管理者は一覧画面から内容を確認し、就業制限について決定できるようにした」(草深氏)。

iPad を用いた COVID-19 患者の非接触オンラインケアでは、FileMaker クラウドアプリを開発し、患者が体温計や書類などをカメラで撮影して医療スタッフに送ったり、チャット形式でメッセージのやり取りを行えるようにした。医療スタッフは、iPad 上のベッドマップ画面から患者を選択し、FaceTime ビデオ通話やコミュニケーションを行うとともに、病棟廊下などに設置した Web カメラを確認して、病室を出てしまう COVID-19 患者の監視などにも利用した。面会管理のためのアプリケーションも FileMaker で開発し、COVID-19 発生時の来院者追跡や面会・面談の予約、iPad の確保も行えるようにしたという。

一方で、COVID-19 拡大によって移動制限をはじめとした多くの制約が生じ、ICT 活用に必要なヒト(技術者、設備担当者)、モノ(医療機器、情報端末など)が不足する状況となり、一連のシステム開発にもこれまでにない対応が求められたという。ベンダーにアプリ開発や工事を依頼しても必要な資源が不足していたため、迅速性、即効性、継続性は望めなかった。そのなかで、松波総合病院では、院内スタッフによるユーザーメードシステム構築(院内アプリ開発)を行った。 FileMaker により、高速開発、構築コストの最小化を実現し、感染リスク低減に寄与した」(草深氏)と述べた。

状況に即応したシステム展開、忙しい診察医も入力の必要性を認識

都立広尾病院は、院内感染予防や接触抑制、国や都への各種報告・補助金申請などに対応するシステムを構築した。同院はかねてから電子カルテシステムと密結合したシステムを FileMaker プラットフォームで構築・運用しており、このシステムに各種追加機能を実装して対応した。

主要なシステムの 1 つが 2 月 7 日に稼働した感染記録システムだ。Web ブラウザによる専用ダッシュボードを富士通の電子カルテに組み込み、ダッシュボードに各種記録を入力することで電子カルテに記録される仕組みである。「感染状況に即応してシステム展開する必要があり、迅速に開発しなければならない。横断的なデータの集積・管理も必要なことから、FileMaker を活用した」。

運用を始めるとダッシュボード上の入力フォームに医師が適切に入力せず、データ欠損が問題になったという。そこで、看護トリアージ記録を自然言語解析し、有症外来患者と認識するとダッシュボードを起動して入力を促すよう工夫した。しかし、それでも入力漏れがあったという。その原因は「院内で 7 つの職種スタッフが複雑に業務を行っており、状況で変化するワークフローに対応できないため」と分析。そこで、すべてのワークフローをシステムで管理し、入力漏れを自動判定して画面上への付箋を表示。看護職の記載を担当医師に示して入力を促すことで解決した。

また、行政システム(G-MIS、HER-SYS)に日々データを入力する負荷を低減するため、QR コードを活用したシステム連携アプリケーションも開発。G-MIS 対応は、検査日、検査種別、初診日、人工呼吸器連動などによる重症患者集計などで日々データを送られるようにした。「専属の熟練クラークが 1 時間程度かかる集計作業を正確かつ瞬時に終わらせることができた。ただ、HER-SYS は API が十分に設計されていないため、いくつかの項目が自動入力できない仕様のため、手作業が必要だった」(山本氏)さらに山本氏は、院内感染予防の一環で、閉鎖ネットワーク内でセキュアに動作するテレビ会議システムの構築などを紹介した。

札幌医療圏の入院調整、医療資源の適正配分を実現 

札幌医科大学が開発・展開した「CovidChaser」は、札幌医療圏の COVID-19 患者の受け入れを円滑にする入院調整システムだ。COVID-19 患者の受け入れ医療機関が、自院の入院患者数と当日・翌日の患者受け入れ可能数などを毎日 2 回入力し、各施設で情報共有するシステムである。

 4 月初めに北海道における感染拡大の第 2 波が始まり、札幌市が患者受け入れ医療機関を拡大する意向が示された。これを受け、同大学の上村修二氏は 4 月 7 日に北海道の Claris 認定パートナー企業に開発を依頼し、2 日後にプロトタイプが完成。17 日には同大学を中心とした入院調整チームが保健所に入って、20 日に本稼動を開始した。その後、運用しながら機能を充実させ、多くの項目追加変更も行った。例えば、自宅への退院ができない、あるいは病院外の宿泊療養ができないことが想定される患者の「要介護」項目の追加などだ。

各医療機関は毎日 9 時と 17 時に、入院患者数と当日および翌日の受け入れ可能数を軽症・中等症・重症(人工呼吸器・ECMO 実施)の重症度別に入力を行う。「各施設のデータ入力率は、ほぼ 100% を達成できた」(上村氏)とし、このデータを基に入院調整を実施した。その結果、「稼動後 4 週間で自宅から医療機関への入院が約 360 件、病院間搬送では約 90 件の搬送調整を実現した」(上村氏)と CovidChaser の有用性を強調した。

当初、CovidChaser の開発・運用は札幌医科大学をはじめ、北海道に拠点をおく Claris 認定パートナー:株式会社DBPowers 、Claris 社のボランティアで始まったが、8 月に札幌市と正式に委託契約を締結して運用を続けてる。今後、北海道全域に運用を拡大する計画だ。道内 10 地域の医療圏に分割し、各医療圏内の医療機関で詳細情報を共有していくという。

国内の COVID-19 重症患者による医療崩壊を防ぐ

全国の集中医療における医療資源を把握し、適正な配置に導こうと開発されたのが、「横断的 ICU 情報探索システム」(CRISIS)だ。集中治療施設を有する医療機関など COVID-19 患者の受け入れ可能数、人工呼吸および ECMO 実施可能数・実際の利用数と症例などを共有し、対応に逼迫する施設を支援するシステムである。京都府立医科大学の橋本悟氏が開発を主導し、日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本呼吸器学会の3 学会の協賛を得て、日本 COVID-19 対策 ECMOnet が立ち上げた。

同システムも国内の COVID-19 拡大前に、ごく短期間で開発・運用にこぎ着けている。2 月 12 日に日本集中治療医学会からシステム開発の相談を受け、その日に Claris Platinum パートナー企業 JUPPO 社(大阪府)とClaris 社に協力を呼びかけると、3 時間ほどで FileMaker Cloud 環境にプロトタイプを作成。5 日程度で初期バージョンを稼働させたという。「高速・迅速にシステムを稼働させることが重要課題。状況に応じて共有できる情報を随時追加する必要性も想定された。データ収集を依頼する現場のストレスがない入力ということも求められた。そこで FileMaker Cloud が最適だろうと判断した」(橋本氏)。

同氏には、5 年ほど前に日本集中治療医学会が運営する「日本 ICU  患者データベース」(JIPAD)を FileMaker で構築した実績があった。「FileMaker はローコード開発プラットフォームと言われ、わずかな IT 知識しか持たない医師であっても数日でアプリの構築が可能、改修も簡単にできるプラットフォームで、我々の条件に最適だと考えた」(橋本氏)と述べた。

全国の集中医療施設を持つ 700 を超える医療機関に参加協力を要請し、3 月末には 500 近い施設が、現在では 632 施設が参加している。全国の ICU ベッドは 7000 床前後あり、その 9 割をカバーしているという。「JIPAD は集中治療における平時のデータベース、CRISIS は有事のデータベースと位置付けている。今後、COVID-19 パンデミックのみならず、東京オリンピックでの対応や広域災害の際などにも運用可能だろうと考えている」(橋本氏)とした。

COVID19 は分断の疾病

面会できない。接触できない。買い物できない。という患者視点の分断。

患者搬送に関わる管轄地域に関する分断。

突如発生した疾病に対して対峙する医療 IT システムの分断。

このような分断をもたらした疾病から私達は何を学ぶべきなのか?各講演後、パネルディスカッションが行われ、いま求められている医療情報システムについて、会場からオンラインで全国の参加者を結び、活発な意見交換が行われた。

講演の中では、パンデミックに備えて、ECMO や人工呼吸器の研修のため、休みを返上して全国に講習会に飛び回っている関係者の努力もあり、医療の現場が支えられているなどの紹介を交えながら、なんとか一人でも多くの患者さんを救おうと頑張っている先生方がいらっしゃるなか、いかに医療資源を効率化することが重要かが議論された。

多くの医療現場において幅広く活用され、COVID-19 パンデミックという緊急対応下において、最小限の工数でシステムを開発・展開することができる FileMaker のようなローコード開発環境は、医療分野においても今後ますます重要視されている。一方で医療機関での IT 人材育成に悩む組織は多いという意見が聞かれた。これに対して、座長:白鳥氏は、医療者は組織の垣根を超えて情報共有を行い、積極的に情報交換をすることの必要性を説明し、山本氏が会長を務める 日本ユーザーメード医療 IT 研究会(J-SUMMITS) などの勉強会に参加し、既存ベンダーとの付き合いの枠を超えて様々な先進的な取組みを行っている組織と情報交換をおこない、イノベーションを起こすことの大切さを説いて本セッションを締めくくった。

 【注記】*第 40 回の開催となった医療情報学連合大会はコロナウイルス感染症に十分な配慮がされ、入場条件として、「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」を必須し、会場およびホール入口に検温・消毒剤が配置され、講演会場内の着席はソーシャルディスタンスを確保し、定期的に換気を行って開催された。また、現地参加とオンラインのハイブリッド形式で開催されており、本シンポジウムは現地会場約 100 名とオンラインでの参加 400 余名での開催となった。


【編集後記】 

電子カルテのような規格統一したシステムを利用し、過剰なベンダー依存をするあまり、本来求められるべき医療情報の仮説検証的なデータ活用や、IT による医療の効率化を自ら改善できなくなった医療機関が増えてきているのではないでしょうか?まさに日本の民間企業がシステムの丸投げにより競争力を失った構図がそのまま医療分野にも適用されてしまった感があります。一方で米国の多くの医療機関や製薬企業においてはソフトウェア開発の人材を組織内で育成し、社内でアプリ開発をおこなったほうがはるかに効率的でスピード経営ができるといわれています。いったいどちらが正解なのでしょうか?

答えは、このシンポジウムで見つかったのかもしれません。アウトソーシング開発とインハウス開発の二者択一ではなく、ローコード開発プラットフォームを導入し、医療従事者が医療者としての画面設計をし、ベンダーがインフラとセキュリティ設定をするなど、ともに歩み寄るハイブリッド開発が今回の CRISIS や、CovidChaser での 短期間導入と成功に寄与しています。

各医療機関における IT 人材育成は必ずしも専門の情報部員を配置することにこだわらないのでも良いのではないでしょうか?医療の現場をよく知る職員がアプリを作成しワークフローを構築することで、まだまだ日本の医療の質の向上と効率化は実現できると感じるシンポジウムでした。