事例

多種多様な業務に iPhone や iPad で動く FileMaker Go アプリ開発

沖縄県内の各種設備工事で地域に貢献する地元密着企業

沖縄電力株式会社のグループ会社である株式会社沖電工が、空調設備工事の設計・施工を目的に 1995 年に設立した株式会社沖設備。当社は現在、沖縄県内で空調設備工事・給排水工事などの管工事、電気設備工事、保守メンテナンス、オール電化関連などの各種事業を担っている。

沖縄県内の有力企業グループである沖縄電力グループとして基盤が安定しており、沖縄県内では離島対応も含めて管工事や電気工事を一貫して請け負う。顧客には県内の大手企業はじめ、数多くの一般のお客様も含まれており、台風など自然災害の多い沖縄で人々の生活インフラを維持管理する重要な役割も担っている。

アプリ開発の始まりは、数千枚に及ぶ工事台帳管理から

沖設備でインハウス開発を主導するのは、同社の取締役を務める安富 哲氏。安富氏は、親会社である沖電工から 2009 年に出向し工事部長を兼務しながら沖設備の事業を 15 年にわたって主導してきた。2009 年といえば、 iPhone 3GS が日本で発売された年で、当時はスマートフォンが普及する前だったため、工事台帳の作成は大変な苦労があったという。

「デジタルカメラを持って現場に行って、施工写真を撮影したら事務所に戻って SD カードをパソコンに挿して、フォルダに保存したら、Excel シートに現場の写真を貼り付けて報告書を作成して、と大変でした。数千枚の写真を管理するのも大変で、現場も残業が続いて大変でしたから、どうにかしないと…という気持ちで FileMaker でアプリ構築を始めました」(安富氏)

FileMaker は沖電工時代から総務部で利用していたため、簡単なデータ管理に利用できるイメージはできていたそうだ。直感的にアプリを作成することができるので、工事台帳管理アプリも短期間に構築できたという。その後も、FileMaker によるさまざまなカスタム App 開発は継続している。開発したカスタム App のなかで現在最も現場で重宝されているのは、修理管理システムだ。

カスタム App によって、修理を受け付けた担当者だけでなく、多くの関係者が部品の手配や納期、工事日の調整などの進捗を管理できるようになった。そのため、紙で台帳管理していた時代に比べて情報共有が進み、担当者が不在であっても事務所での情報把握が容易になった。情報の共有によって顧客からの問い合わせ対応が改善し顧客満足度の向上に貢献している一方、現場で iPhone や iPad で入力や検索もできるため、社員の業務効率化にも役立っている。

事務所で修理管理システムを利用する仲村氏は「これがないと業務が回らない。困ったことがあるとすぐに改善できるので本当に助かっています」と内製アプリを高く評価している。

安富氏は、「デザイン的に決して美しいアプリ画面ではないのですが、『 1 つの画面に修理に必要な情報が集約されて自分たちが使いやすいシステムになるのであれば、自分たちで好きなようにカスタマイズしていいよ』ということで、レイアウトを変更できるようにしています」とユーザ中心の UI 設計の理由を説明する。

修理管理システムは長年の運用で現場スタッフが使いやすいよう、さまざまな工夫が施されている

iPhone や iPad で動く FileMaker Go アプリ開発は画期的

従業員数が約 50 名の沖設備には、情報システム部門はない。日本企業の多くを占める中小企業では、総務部門の IT に詳しい社員が兼務して IT 部門の役割を担うケースも少なくない。沖設備においても同様だ。安富氏の肩書は取締役であり、情報システム部門の担当役員でもない。現在、安富氏の下で FileMaker 開発を引き継いでいるのは、同社の経理担当の比嘉氏だ。

比嘉氏は 2016 年に経理担当者として入社。主に基幹システムに収集される案件管理、受注管理、現場管理、四半期決算などを担当してきた。FileMaker に本格的に触れたのは 2018 年からだ。

「安富さんから FileMaker を教わりながら少しずつ興味を持ちました。そのあと、六本木ヒルズで開催されている FileMaker 初級・中級のトレーニングに参加させてもらい、体系的に学習をして理解を深めることができました」

比嘉氏は、前職では通販会社でホームページ編集に携わっていた経験もあり、FileMaker を学ぶうえで抵抗はなかったそうだ。現在は、安富氏が開発したカスタム App に対する現場のフィードバックを比嘉氏が受け、新機能を追加することもあるという。

「比嘉さんのおかげでアプリ開発の可能性が広がりました。既存のシステムはもうほとんど彼に任せられるんじゃないかと思います。ただ、1 年のうちどうしても彼が動けない時期があるんです。彼の本業は経理ですから、決算期はどうしても経理業務が優先ですからね。そんなときは定常業務を持っていない役員である私が開発者として活躍する出番です」と安富氏は笑顔で比嘉氏の成長を語る。

経理担当 比嘉氏 (左)は、取締役 安富氏(右)から FileMaker を学んだ

無料の学習コンテンツと Claris パートナーによる地域密着型支援

安富氏・比嘉氏ともに評価をするのが、Claris が提供する学習コンテンツだ。

「学習するうえで、初級・中級など書籍の PDF が無料で配布されているのはとてもありがたいです。沖縄は離島ということもあり、書籍を注文しても届くまでに時間がかかります。PDF だとすぐに調べられますし、検索できますので、アプリを作るうえでとても重宝しました。一方で、やはり印刷した本も注文しています」(比嘉氏)と Claris の学習コンテンツの無料提供を高く評価している。

Claris の無料学習は FileMaker の操作を体系的に学べる一方で、実務でアプリを開発するにあたり、機能実装で壁に突き当たることも少なくない。この問題を解決してくれたのが、沖縄県内で FileMaker のワークショップを主催する Claris パートナー、合同会社イボルブ の八木 省一郎氏だ。八木氏は、2017 年から沖縄での FileMaker 普及に注力し、企業内の内製化支援を推進してきた立役者でもある。

沖設備でのアプリ内製化支援のためのトレーニングを提供してきたイボルブの八木氏は、「沖設備での業務効率化は現場を一番理解している安富さんと、経理的な視点で業務を理解する比嘉さんのコラボレーションによって新しいものが生まれていると思います。また、前任者から後継者へしっかりと技術継承がされている好事例だと思います」と語る。

全社員が使うアルコールチェック記録簿

沖設備では、仕事柄多くの社員が毎日車を運転する。2022 年 4 月 1 日より安全運転管理者の選任義務のある事業者( 5 台以上)において、社用車の運転前後に酒気帯び確認しその記録を 1 年間保存することを義務づける規定が設けられた。同年 10 月 1 日からはアルコール検知器を用いた酒気帯び確認を行うことならびにその内容を記録して 1 年間保存すること、またアルコール検知器を常時有効に保持することを義務付ける規定(アルコール検知器使用義務化規定)が設けられた。しかし、アルコール検知器の供給状況等から、事業所において十分な数のアルコール検知器を入手することが困難であることから、当分の間はアルコール検知器使用義務化規定は延期されている。

今回の延期によって、当初予定していたアルコール検知器および管理アプリ等の準備に時間をかけることができた。多くの事業所がこの安全対策に取り組んでいるなか、沖設備では早々に Claris FileMaker Go と iPhone を活用した取り組みを開始している。

沖設備では 2022 年 3 月以前にアルコール検知器を入手していたことから、自主的にアルコール検知器使用義務化規定を適用している。ここで利用されているのが、全社員に配布された iPhone と FileMaker Go である。携行アルコール検知器の結果を iPhone から FileMaker Go カスタム App に入力でき、確認のため顔写真も一緒に保存できるようにしている。

社員全員に iPhone が支給されアルコール検知器の数値と写真が専用アプリ( FileMaker Go )かサーバに保存される

社員のアルコールチェックの状況は部署単位で一覧表示され、写真も即時確認できる

ライセンス費用は全社員年間で約 50 万円。サイトライセンスで広がるアプリ開発

安富氏が FileMaker を活用し、工事台帳管理アプリを構築した 2014 年当初は、開発を始めるための 1 ライセンスからスタート。アプリ構築が完了した 2015 年には社内へ展開するため 8 ライセンスへ増加、2017 年にはさらにユーザ数が増えることを見込んで同時 5 接続ライセンスへ変更、2021 年には同時 10 接続へ増加、2022年には全従業員が利用できるサイトライセンスへ移行した。それでも FileMaker のライセンス費用は 全従業員約 50 名で年間で 50 万円程度、社員 1 人あたりの月額単価では 1,000 円にも満たない。複数のアプリを運用する沖設備にとっては、1 つの単価から考えれば費用対効果は大きいという。

工事台帳管理という 1 つのアプリからスタートした内製化は、備品管理、修理管理、営業管理、ファイル管理、名刺管理など、さまざまなカスタム App に広がっていった。例えて言えば、安富氏が植えた” 1 本の木”を剪定しながら育て、実をつけ、やがて育った 8 本の若木をまた育て、小道を作り林になり、8 年の歳月を経て現在は全社員が育む森へと成長していったようなものだ。

沖設備カスタムAppのポータル画面とそれぞれのメニュー画面の一例

基幹システムではかゆいところに手が届かないので FileMaker が受け皿となる

今後のアプリの開発計画として比嘉氏は、「 FileMaker の開発状況やメンテナンス情報など、掲示板機能を設けて現在の状況を共有していきたいと考えています」と、新機能を追加しても、知られざる傑作で終わらないように、さらなる情報共有化を目指す。

安富氏は、「業務に必要なすべての情報が基幹システムに蓄積されているので、その活用のために FileMaker と基幹システムとの API 連携を当初は模索していましたが、いくつか難点もあり、近々 RPA で自動化することを目指しています。基幹システムは平準化されているのでカスタマイズには限界もあり、基幹システムではかゆいところに手が届かないのが現実です。そこで、FileMakerを受け皿としてアプリ内製化して、サブシステムによって業務の効率化を進めていきたい。今は、比嘉さんと 2 人で開発をしているので、命名規則などを統一して開発する必要もありますから、そのルール作りなどは、アプリ内製化支援のトレーニングを提供してくれる八木さんに教わりながら、新しい機能も追加していきたい」と今後のさらなるアプリ開発の抱負を語ってくれた。

【編集後記】

コロナ禍を機にクラウドサービスを導入したものの、既存システムをクラウド環境に移してデータを電子化しただけ、というケースが多く見られる。これでは根本的な業務改善には至らず、使いにくいシステムは変わらず残ったままだ。そうなってしまう原因の多くが、長期にわたってシステム開発を外注していたことにより、社内にスキル・知識が蓄積されず、動くに動けないということにある。一方、沖設備の成功は、安富氏自らが現場の非効率性を実感し、ローコード開発で現場主導の改善を長年にわたり実行してきたことにある。またそれだけでなく、外部のトレーニングや教材を上手く活用し、社内のシステム内製文化の定着をリードしてきた。現場を巻き込んだアジャイル開発で、小さく始めて早期に結果を出すというサイクルが社内に浸透しているのだ。今回紹介のアルコールチェック記録簿もまさにその 1 つとも言える。新しい法制度にいち早くモバイルアプリで対応できたという点で、沖設備は業務で iPhone と Claris FileMaker を連携するメリットを最大限発揮している好例と言えよう。