事例

数千年の歴史を未来へつなぐ。茨木市立文化財資料館が文化財データ管理で実現した行政 DX

目次

  1. 市民が歴史を学ぶ拠点としての茨木市立文化財資料館
  2. 増え続ける文化財。表計算と紙台帳では限界が見えていた
  3. 学生時代からの“相棒” FileMaker との再会
  4. GB から TB へ。文化財資料ならではのデータ量の壁
  5. 閉鎖環境でも止まらない。iPad でのオフライン運用
  6. 職員全員が業務の改善に関わる文化を育てる
  7. 発掘調査は続く。文化財を未来へつなぐ資料館の役割
  8. AI や Web 公開へ。文化財データ活用の可能性
  9. 文化財を守ることは、地域の記憶を未来へ渡すこと

1. 市民が歴史を学ぶ拠点としての茨木市立文化財資料館

大阪府北部に位置する茨木市は、古くから人々の営みが積み重ねられてきた地域だ。発掘調査によって地中から掘り起こされる土器や石器といった考古資料、地域に残された古文書や写真、地図、書籍。それらはこの地に暮らした人々の記憶であり、茨木という地域の成り立ちを知るための貴重な手がかりである。

茨木市立文化財資料館の役割は、市内の文化財を「収集、整理、保存、公開」することだ。館内では、発掘調査によって出土した考古資料や、地域に伝わる古文書などが管理され、展示や閲覧を通じて市民の学びの場となっている。

茨木市立文化財資料館展示資料の一部。市内からみつかった弥生時代の土器や石器

この茨木市の膨大で複雑な文化財データを管理し次世代へ残すため、茨木市教育委員会 教育総務部 歴史文化財課 副主幹の正岡 大実氏と、同課の高橋 伸拓氏は、Claris パートナーである株式会社未来Switch 片岡 達博氏に依頼して、Claris FileMaker による歴史資料管理システムを再構築するとともに、同氏の支援を受けながら、各種業務アプリの内製に取り組んできた。

文化財を、どのように記録し、どのように保管し、どのように市民へ伝えていくか。そのすべてを支える仕組みが必要だった。それは単なる業務効率化のためのシステムではなく、茨木市の歴史を支える文化財を、将来の研究や市民の学びにつなげるための基盤なのだ。

2. 増え続ける文化財。表計算と紙台帳では限界が見えていた

茨木市立文化財資料館が扱う資料は、非常に幅広い。書籍、古文書、地図、写真、考古資料など、資料の種類は多岐に及び、数十年にわたって蓄積されてきた。現在、市史掲載資料を中心に登録が行われている歴史資料管理システムに登録されている資料だけでも約 28万件にのぼる。

しかも、資料は今後も増え続ける。発掘調査によって新たな考古資料が出土するだけでなく、地域の旧家から古文書や写真などが見つかり、寄贈や寄託されることもある。また、見つかった資料を借用して調査・整理することもある。年間数千件から 1万件規模で資料が増えることもあり、文化財資料の管理は終わりのある作業ではない。

登録されている資料だけでも約 28万件にのぼる

FileMaker 導入前、こうした情報は表計算ソフトや紙の台帳で管理されていた。しかし、複数の職員が同時に作業することが難しい、ファイルを複製して作業するうちにどれが最新版なのかわからなくなる、帳票を作成するたびに同じ情報を別の帳票へ転記しなければならない、といった課題があった。結果として、入力ミスや記入漏れ、資料の取り違えが起こりやすくなる。資料数が増えるにつれて、その限界は明らかになっていった。

文化財データには一般的な業務データとは異なる複雑さがある。研究が進むことで、資料の名称や年代、分類が変わったり、別々の資料だと考えられていたものが、後の調査で一つのまとまりを持つ関連資料だと判明することもある。つまり、文化財データは一度入力すれば終わりではなく、調査や研究の進展に応じて、構造そのものを見直す必要があるのだ。

複雑な検索条件で絞り込み検索することができる

また、“弥生時代”、“古墳時代”、“1600年代” といった長い時間軸を持つ情報を、現代の業務データと同じように単純な行と列だけで扱うことは難しい。文化財資料の管理には、柔軟に項目を追加でき、関連情報を紐づけられ、画像や PDF などの大容量データも扱える仕組みが必要だった。

3. 学生時代からの“相棒” FileMaker との再会

こうした課題を前に、正岡氏が思い至ったのが Claris FileMaker だった。正岡氏は学生時代に FileMaker に出会い、その柔軟性や画像データとの相性の良さを認めていた。就職後も断続的に FileMaker を利用し、「現場に合わせて自分たちでアプリを作れる」ローコードツールの有用性を評価していた。

資料館の業務システムを再構築するにあたり、正岡氏は改めて最新の FileMaker に触れ、その進化に驚いたという。UI の表現力や操作性が向上しており、これなら現場の職員が使いやすいシステムを自分たちの手で作れると感じたのだ。

そして正岡氏を中心に、既存システムの登録対象から漏れてしまう範囲の資料や業務を対象として、テスト的な内製開発が始まった。実務に携わる職員が、自らの業務に沿った画面を作り、入力項目を整え、帳票を設計していく。文化財資料館のような専門性の高い業務では、汎用のシステムをそのまま使うことは難しい。かといって、独自システムを外注で開発するほどの予算は割けず、システム導入後も調査研究の進展に応じて、項目や構造を見直す必要がある。現場の細かな運用に合わせて改善できる FileMaker の 柔軟性とアジャイル開発できる特性は、大きな強みとなった。

しかし扱う資料数が増え、担当部署全体で本格的に運用する段階になると、独学だけでは越えられない技術的な壁も見えてきた。大量データの取り扱い、サーバー環境の構築、ネットワーク制約への対応、大容量の画像・PDF ファイルの管理。これらにはより高度な知識や技術が必要だった。

転機となったのは、2015年に開催された FileMaker カンファレンス(現・Claris カンファレンス)のアーカイブ動画 「100% FileMaker プラットフォームのみで作るオリジナル SNS 機能!」(未来Switch 片岡氏) だった。正岡氏はこの動画を視聴し、FileMaker の可能性と片岡氏の技術力に強く惹かれ、既存システム再構築の必要性が生じたことをきっかけに、未来Switch へ相談することにした。

同館を訪れた片岡氏は、正岡氏が内製したシステムを見て驚いたという。ボタン配置や配色、画面設計が洗練されており、現場の使いやすさが徹底的に考えられていたからだ。

FileMaker は業務アプリケーションとしてさまざまな業務に活用されている

「初めてシステムを拝見したとき、『非常にきれい』『すばらしい』と連呼してしまったほどです。プロである私たちから見ても、ボタンの配置や配色などのデザインが非常に洗練されていました。現場の使い勝手を第一に考え抜かれたシステムだと一目でわかりましたね」(片岡氏)

ここから、同館と未来Switch による、既存システムの再構築に加え、内製と専門家支援を組み合わせたハイブリッド開発が始まった。

現場を知る正岡氏や高橋氏が機能や画面を作り込み、片岡氏がネットワーク構築や大量データ管理などの専門的な部分を支援する。発注者・受注者という枠を超え、同じ FileMaker を使う技術者同士のように知見を共有しながら、システムを育てていった。

歴史資料管理システムは、現場のニーズに合わせた検索が可能

4. GB から TB へ。文化財資料ならではのデータ量の壁

歴史資料管理システムの再構築で第一の課題だったのが、データ量である。史料を高精細にデジタル化すると、1枚の画像や PDF が十数MB になることも珍しくない。これらが数十年分蓄積されれば、総量は TB(テラバイト) に達し、将来的には 10TB クラスへ拡大する可能性もある。

すべてのファイルをデータベース本体に取り込めば、ファイルサイズは肥大化し、バックアップ処理速度や検索安定性に影響する。そこで FileMaker と NAS を連携し、大容量のファイルは NAS に集約、FileMaker 側では実データそのものではなく参照パスとして管理するようにした。FileMaker のオブジェクトフィールドで、保存場所からプレビュー表示する。こうしてデータベース本体を肥大化させることなく、膨大な資料画像や PDF を高速に閲覧できるようにした。

内製した FileMaker アプリ。写真は NAS に保存される

運用面でも、資料番号とファイル名を一致させることを徹底。NAS にファイルを保存した後、FileMaker 上で取り込みボタンを押すと自動的にパスが生成され、資料データと紐づく仕組みを整えた。人手による転記やファイル指定を減らすことでミスを防ぎ、現場の作業負荷を軽減している。

再構築された 歴史資料管理システム

文化財資料のデータ管理は、「今日使えればよい」というわけにはいかず、長期的に資料が増えていくことを前提に、安定して拡張できる仕組みを作ることが求められる。FileMaker と NAS の連携は、その要件に応える現実的で柔軟な解決策となった。

5. 閉鎖環境でも止まらない。iPad でのオフライン運用

もう一つの大きな課題は、ネットワーク環境である。自治体の情報システムは、セキュリティ要件が厳しく、外部クラウドやインターネット接続を自由に使えるとは限らない。資料館の収蔵庫や展示準備室など、常時ネットワーク接続が難しい場所もある。しかし FileMaker は、クラウドだけでなく、オンプレミス環境やオフライン運用にも対応できる。そこで Claris FileMaker Go と iPad を活用し、オフラインで運用することにした。

歴史資料館システムの再構築にあたっては、公開可能なデータだけを抽出した閲覧用の FileMaker ファイルを iPad に書き出し、ネットワークに接続しなくても FileMaker Go によって資料検索や閲覧ができるようにした。これにより、オフライン環境でも必要な資料情報にアクセスできる。来館者は展示スペースに設置された iPad で目録を検索し、目的の古文書や資料を探せるようになった。

来館者が閲覧できる iPad で動作する FileMaker アプリ

6. 職員全員が業務の改善に関わる文化を育てる

FileMaker 導入後、業務効率は大きく改善した。資料情報の転記作業では、一度 FileMaker に入力した情報を関連する帳票や管理画面にリレーション連携できるため、重複入力を減らし、ヒューマンエラーを抑えることができた。資料検索や閲覧も高速化した。また FileMaker によって資料情報、分類、履歴、画像、PDF などが一元管理されたことで、職員は膨大な資料の中から必要な資料に素早くアクセスできるようになった。

さらに大きな変化は、職員の意識に現れた。システムが現場に定着すると、職員から「こういう表が見たい」、「この項目を直したい」、「この検索方法があると便利だ」といった要望が日常的に出るようになった。単に与えられたシステムを使うのではなく、自分たちの業務をより良くするために、データの構造や業務フローを考える文化が生まれたのである。

これは、ローコード開発の大きなメリットである。現場が自ら課題を見つけ、改善案を出し、必要に応じてシステムに反映していく。専門性の高い業務では、現場の知識を持つ者がアプリ開発に関わることが、業務効率と正確な記録保存を大きく向上させる。同館の FileMaker アプリ “歴史資料管理システム” は、現場の職員たちが主体となり育ててきた、業務と一体化した基盤なのである。

7. 発掘調査は続く。文化財を未来へつなぐ資料館の役割

茨木市では、今後も継続して発掘調査や史料収集が行われる。その遺物の一つひとつを丁寧に調査し、記録し、保存し、公開していくことは、地域の歴史を未来へ引き継ぐために欠かせない。

東奈良遺跡出土 銅鐸の石製鋳型(国指定重要文化財(※写真は複製品))。表面に刻まれた幾何学的な曲線(流水文)は、弥生人の高い技術力と豊かな精神世界を示す

学芸員であり、実際に発掘調査にも出向く 正岡氏は、次のように語る。

「文化財は、一度失われれば取り戻すことができません。だからこそ、発掘調査の成果や資料を正確に管理し、将来の研究や教育、市民の学びに活用できる状態で残す必要があります」

“歴史資料管理システム”や内製化された各種業務アプリは、そのための実務基盤として、今後ますます重要になるだろう。

8. AI や Web 公開へ。文化財データ活用の可能性

今後、同館が見据えているのは、文化財データのさらなる活用である。たとえば、古文書の「くずし字」を AI で認識し、文字データ化する。分厚い市史や調査報告書を AI でインデックス化し、曖昧な記憶や断片的なキーワードからでも、関連する資料へたどり着けるようにする。こうした構想は、文化財資料の活用を大きく広げる可能性を持っている。

また、館内での利用にとどまらず、Web 上でのデータベース公開や、利用者の閲覧動向の分析にも意欲を見せる。市民が自宅や学校から地域の歴史にアクセスできるようになれば、資料館の役割はさらに広がるだろう。

もちろん、文化財データには慎重な取り扱いが求められる情報も含まれる。公開できる情報とできない情報を適切に分け、セキュリティを確保しながら、活用範囲を広げていく必要がある。 ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker の柔軟性は、こうした段階的な取り組みにも適している。

9. 文化財を守ることは、地域の記憶を未来へ渡すこと

市民が地域の歴史を学ぶための環境を守り、未来へ引き継ぐための茨木市立文化財資料館の取り組み。FileMaker は、それを影で支える存在である。大量の資料を一元管理し、画像や PDF を高速に閲覧し、オフライン環境でも使え、現場の職員が自ら改善できる。自治体や文化財資料館のように、制約が多く、専門性が高く、長期的な保存が求められる現場において、FileMaker は大いに真価を発揮している。

数百年、数千年という時間を超えて残されてきた文化財。その記録を、これからの世代へどう渡していくか。茨木市立文化財資料館の挑戦は、地域の歴史を守り、学び、未来へつなぐための、行政 DX の実践である。

(左から)茨木市 教育総務部 歴史文化財課 調査管理係 副主幹 正岡 大実 氏、茨木市 教育総務部 歴史文化財課 保護啓発係 学芸員 高橋 伸拓 氏)

【編集後記】

「文化財は、一度失われれば二度と取り戻せない」という正岡氏の発言が心に残る。だからこそ、文化財を守る仕組みもまた、長く使い続けられるものでなければならない。茨木市立文化財資料館の事例は、自治体や教育機関、博物館・資料館にとって、デジタル技術が文化を守る力になり得ることを示している。

正岡氏、高橋氏をはじめとする茨木市教育委員会の取り組み、発掘調査に携わる調査員の専門性、そして Claris パートナーの技術支援が重なり合うことで、茨木市の文化が守られている。文化を保存し続けるプラットフォームとして、今後も FileMaker は彼らの取り組みを支え続けることだろう。