事例

アプリ開発を通して課題を見つけて考える高等学校の探究学習

北海道の道東に位置する斜里町は、世界自然遺産「知床」を有するオホーツク海に面した人口約 1 万 2 千人の町で、鮭の水揚げ日本一、年間 120 万人が訪れるなど水産・観光の町としても知られる。ここ数年 斜里高校のユニークな取り組みが IT 業界の注目を集めている。それがローコード開発ツール Claris FileMaker を使った 観光ビジネス 履修生によるアプリ開発だ。

地域で生産された特産品について深く学び、地元への愛着を育む

アプリ開発は「高校生では無理」「専門知識が必要」と思われがちだが、実は意外とカンタンに楽しく作れる。北海道斜里高等学校 観光ビジネス科目では「知床しゃり」のブランディング、PR 活動を通し、地域の課題解決に向けた提言などを行っており、全校生徒 86 名のうち、現在 9 名の 3 年生が選択科目のひとつとして、観光ビジネスを履修している。地元斜里の魅力を再認識し情報発信する取り組みの一環としてアプリ開発にも取り組んでいる。

観光ビジネスを担当する橋口 友和教諭は、「観光ビジネスでは 3 年生になると 6 月からアプリ開発に取り組みます。これは、アプリ開発を最終目的にしているわけではなく、アプリ開発を通じて主体的に学び、考え、他者と協働しながら行動する力を身につけることを目的とした取り組みです。本校は『社会の変化に対応し、自らの能力で生き抜く力を育成する』という学校教育目標を掲げており、探究活動を通して思考力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力を育成することに、校長以下すべての教職員が熱心に取り組んでいます。」と語る。

北海道斜里高校が観光ビジネスに関する取り組みを年々強化する理由の一つに、観光庁が推進する政府の政策としての動きがある。2022 年度から新たに「観光ビジネス」科目が高等学校・商業科に導入され、高等学校における観光教育への注目が高まっている。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが宣言された 2020 年 3 月以降、さまざまな課外学習の延期や自粛が余儀なくされるなか、橋口教諭は高校生を対象とした観光教育コンテンツをマーケティングの視点で捉え、地元の産業を他府県の生徒に紹介することから得られる体験を授業に取り入れることを模索。文部科学省主催の観光ビジネスに関する勉強会で交流を深めていた高知県立佐川高等学校の大原信男教諭に共同販売会を打診し、教師同士の観光ビジネスにかける想いが実を結んで、1,500km 以上離れた高校同士の交流が実現した。

2022 年 9 月 23 日 道の駅 しゃり にて開催された物産展

地元特産品を他校生に PR。販売実習を通してリアルな体験を。

遠隔地での物産販売会といえば百貨店などの熟練バイヤーが催し物として企画することが多いが高校生にそんなことができるのか?と思われるかもしれない。しかし実際に高校生たちはそれをやり遂げた。それだけでなく、販売会で使うレジアプリまでも自分たちで開発している。

高知県といえば、鰹のタタキ、ゆずや小夏ジュース、芋けんぴなどがよく知られている。斜里町を含む道東での特産品といえば、ホッケや、漁獲高で日本一の鮭、香りがよく濃厚でこくのある高級だしがとれる羅臼オニコンブなどが有名だ。生徒はリモート会議を通して地域の特産品をお互いにアピールし、最終的に何をどれくらい仕入れて販売するかを決定する。続いて地元の企業を実際に訪問し、条件交渉し販売会での商品仕入れまでを担当する。

マーケティング活動を含めての販売実習であるため、仕入れ品目や数量が決まった後は、販売会に向けたポスターのデザイン作成、町民への告知宣伝活動から当日の販売活動までを 9 名の高校生が分担し、すべてを担う。

2022 年 9 月 23 日、12:30〜16:00 までの 3 時間半の限定ショップ「物産展 なまらうめぇべ屋」が道の駅 しゃり にオープンした。当日は雨にも関わらず地元の人々が大勢かけつけ、開店前からオープン前の列に並んだ。高知県立佐川高等学校 5 名の生徒による現地での応援販売や、同じく北海道浦河高等学校からもオンラインながら販売の動向に一喜一憂する声援の力もあり、早々に売り切れた高知県のアイスクリームなどを含め、4 時間弱の間に出展 18 品目で 20 万円を超える売上を記録したという。

生徒自らが作ったレジアプリで物産展の精算をおこなう生徒たち

楽しむことからはじまったアプリ開発

実はこの展示会は、コロナ禍の影響を受けて昨年は高知からの生徒はリモート参加しており、今回のように生徒同士が直接対面で交流するのは初めてのことだという。昨年の 3 年生はそれでも少人数で販売会を実現したが、大きな問題点が存在した。それは電卓による会計の間違いと、会計に並ぶ長蛇の列だった。このため、6 月のアプリ開発検討会では「昨年度の先輩たちの反省から、電卓による会計から少しでも人為的ミスや操作を簡素化し、会計処理ができるシステムにしよう」ということになったという。

システム開発経験のない高校生が取り組むにはハードルの高いアプリ開発であるが、北海道斜里高等学校 観光ビジネス履修生には、2017 年から取り組んでいるローコード開発ツール Claris FileMaker での先輩の開発実績があった。

ニュースサイト「マイナビニュース」主催の FileMaker 選手権では、同校が 2 年続けて入賞し、その名を全国に轟かせている。2020 年の FileMaker 選手権では、地元斜里町の飲食店をピックアップした「おなかすいたの? (観光ビジネス B チーム)」 が銀賞を受賞、オホーツク海で獲れる魚についてピックアップした「SHIRETOKOおさかな図鑑 (観光ビジネス A チーム)」が審査員特別賞を受賞した。2021年の FileMaker 選手権では、斜里町の PR や知床の観光地・観光施設をピックアップしたアプリ「SHIRETOKOいっとこ!!」が銅賞を受賞しているほか、この取り組みが北海道新聞で報道されるなど地域での認知度も高い。

今年の 3 年生がウォーミングアップとして取り組んだのは、先生紹介アプリ。斜里高校の教職員の写真とその紹介をするアプリで創る楽しさと FileMaker でのローコード開発を覚えた。その経験を踏まえて本格的に取り組んだのが、今回の物産展で使用するレジアプリ開発である。

iPad の動きを確認しながらスクリプトを設定する生徒たち

開かれた教育 に取り組むことで効率よく生徒に学んでもらう

斜里高校では、外部の専門家に依頼して出前授業を実践し、開かれた教育に取り組んでいるが、アプリ開発においては開発学習用ソフトウェアが無償提供される FileMaker キャンパスプログラムを使い、2017 年から株式会社 DBPowers が支援している。同社は北海道に拠点を置くが社員の勤務地は自由という会社だ。今回の斜里高校 3 年生を受け持っているのも、1,200km 以上離れた京都府在住の開発エンジニア、伊東 眞子氏だ。

伊東氏が実際に斜里高校を訪問したのは夏休み期間中の 3 日間のみで、基本的にすべてのサポートは授業支援という形でリモートで実施されたという。生徒は、今回のプロジェクトで、開発、デザイン、ポスター、書記などの役割を分担してアプリの制作に取り組み、3 か月で完成にこぎ着けた。開発を担当した生徒の横山さん、髙桑さん、佐野さんらは、「毎日 FileMaker を触るわけでないので当初は操作を覚えるのに苦労しました。わからないことをリモートで伊東先生に LINE を使ってリモートで聞けたので不安がなくなりました」と笑顔で語る。デザインを担当した浅沼さんは、「iPad とペンでデザインをすることで楽しく作業を進められました。フォントもかなりこだわってます!」というとおり画面にはハートが溢れている。

ビジュアルデザインにこだわったというレジアプリ

同校をリモートで支援した DBPowers 伊東氏は、

「斜里高校の生徒の皆さんに FileMaker のアプリ開発を教える機会をいただいたことで、私自身も新しい視点で開発を見つめ直すことができました。え?アプリの起動時にいきなりキャラクターの絵を動かすところから?という大人にはない視点や、実際に生じたエラーを防ぐための工夫、キャラクターを盛り込みたい遊び心など、高校生ならでは発想力は驚きの連続でした。このような自由な発想からアプリ開発ができるのも FileMaker のローコード開発の魅力ですね」と語る。

夏休み期間中に iPad 上でアプリの動きを確認しながら伊東氏に指導を受け開発を進める生徒

将来の地域産業の一端を担う観光ビジネス教育の重要な役割

政府は、観光の果たす役割として地域における雇用の創出に着目している。これは宿泊施設や土産物店などの商業施設、食事を賄う農業や漁業、バスなど移動に伴う交通機関が含まれる。一方で地域における人材不足は全国でも課題となっており、知床世界自然遺産を有する斜里では、子どもたちが地元に愛着を持ち、将来観光に携わる職業あるいは観光に伴う産業で地域を支え、地域産業を担う若者になるためにも重要な役割を果たすものとして、観光ビジネス教育を重視している。同校の増田 康広校長は「販売会を通して生徒の成長をとても感じることができ、同時に地域の人たちに斜里高校を支えていただいていることを実感しています。Clarisや DBPowers の支援で高校生がアプリ開発を続けていけることに感謝しています。」と締め括った。

斜里高校 観光ビジネス 橋口教諭と履修生の生徒たち

【編集後記】

日本政府観光局のデータによると、2019 年は 3,188 万人が日本を訪問し、訪日外国人旅行消費額は年間 4 兆 8 千億円、外国人旅行消費の生産波及効果は 7 兆 7,756 億円に及んだという。パンデミックによって閉ざされた観光立国へ向けた動きは 2023 年から再び回復へ向かうことが予想されるが、外国人が最も期待するのは日本に滞在して得られるサービスや体験だという。

気候、自然、食、文化は、観光振興に必要な 4 要素と言われている。知床半島は、沖合 3km の海までもが世界自然遺産に含まれ、夏のトレッキングやシーカヤック、冬の流氷観光など手付かずの大自然が織りなす絶景に感動する知床。広大な農地で作り出される農作物や、オホーツク海の鮭・カニ・ホタテ・ブドウエビ・昆布など豊富な水産物。アイヌの人々は、鮭を「神の魚 (カムイチェプ)」と呼び、毎年秋には鮭を迎えるための儀式「カムイチェプノミ」で、豊漁や漁の安全などを願いカムイ (神) に祈りを捧げる。

そんな 4 要素が揃った観光資源豊富な地域に位置する斜里高校の観光ビジネス科目は、将来の重要な人材育成の場でもある。さまざまな体験活動を通して地域を理解し、探究活動を通して思考力を養い、地域住民や他校との交流を通じてコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力を育成している。

文部科学省の高等学校学習指導要領 (平成 30 年告示) 商業編に言及されているが、観光ビジネスとマーケティングは今後益々重要視されている。またソフトウェア活用についても「学習した内容と関連させて,簡易な情報システム を開発する実習を取り入れる」と記述され、まさに斜里高校 観光ビジネス科が 2017 年からローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を使った取り組みは、ジャストフィットしているといえる。

他の科目との横断的な学びによる相乗効果が期待できるローコード開発、Claris が提供する FileMaker キャンパスプログラムが日本全国の学校で広がることを期待したい。