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【医療 DX レポート】Claris FileMaker が支える"医療現場の次の進化" (前編)

近年、病院経営課題の一つに医療IT・医療DXへの取り組みが注目されているが、そのニーズは目まぐるしく変化している。

2025年11月5 ~7日に開催された「Clarisカンファレンス2025」では、3日間で約70ものセッションが行われた。そのうち7日に設けられた6つのメディカルセッションでは、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMakerが医療現場で活用され、それぞれ高い業務効果を発上げている事例が発表された。本レポートでは前編として、中国労災病院によるCOVID-19 対応のデータ連携、松波総合病院による内製開発と“持続する”カスタムApp戦略、そして、北まるnet が 10 年以上も医療介護連携を支えられる理由について紹介する。

目次

  1. Claris FileMaker が支えた COVID-19 パンデミック現場〜電子カルテへの ODBC 接続による患者情報取得と応用〜
  2. 医療 DX「内製開発で陥りがちな罠」──現場主導で息の長い カスタム App を作るには?
  3. 10 年経っても現役〜医療・介護情報連携システム 「北まるnet」に学ぶ、持続可能なシステム構築と運用〜

1. Claris FileMaker が支えた COVID-19 パンデミック現場〜電子カルテへの ODBC 接続による患者情報取得と応用〜

2020年から流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、国民生活に大きな影響を及ぼした。とりわけ感染者対応にあたった医療機関では、入院患者により病床が逼迫(ひっぱく)し、医療従事者は対応業務に忙殺される日々が続いた。広島県呉市の独立行政法人労働者健康安全機構 中国労災病院もそのような医療機関の一つである。コロナ禍の3年間に同病院の感染対策委員長として現場対応にあたった小児科部長 小西央郎氏は、ウイルス株の変異と病状の変化、行政手続きの変更など目まぐるしく変化する状況に対応すべくClaris FileMakerと電子カルテ連携させ、感染患者の管理や疫学調査、行政手続き業務に活用した事例を発表した。

中国労災病院 小児科部長 小西央郎氏

● 発生届の作成を “自動化” ―― まず始めたのは帳票出力の効率化

最初に手をつけたのは、感染症法に基づくCOVID-19 の発生届を保健所に提出する業務を効率化するツールだった。当初、保健所の指示で発熱外来(帰国者接触者外来)を受診した患者に対し問診・PCR 検体採取を行い、検体を保健所に送ると PCR 結果が電話でフィードバックされ、陽性だった場合は発生届を作成・提出するという流れだった。

「発生届の帳票に陽性者氏名、住所、生年月日などの情報を記入するだけでかなりの作業量になります。この発生届を FileMaker カスタム App で作成するようにしました」(小西氏)。具体的には、電子カルテの外来患者テーブルから患者基本情報、問診票、症状・基礎疾患などの情報を ODBC 接続によってFileMakerに取得し、保健所に提出するという流れだ。

● 臨床研究にも応用 ―― データの二次利用が容易に

2021 年のデルタ株の流行拡大による第 5 波の際には、同病院は県の要請に応じて陽性者トリアージ外来を開設。陽性患者に対して問診、バイタル測定、胸部 CT 検査を実施し、CT 検査で肺炎と診断された患者は入院、そうでない場合はホテル療養という措置がとられた。こうしたなかで小西氏は、電子カルテから抽出した発熱日時、症状、ハイリスク要因となる既往症、血液検査結果などを FileMaker に取り込み、臨床研究に応用できるようにするとともに業務でも活用できるようにした。

電子カルテ、放射線情報システム(RIS)のデータをODBC接続で取得し、業務や臨床研究で活用

● 放射線レポートを即時参照 ―― Webビューア活用

COVID-19 陽性患者の診察は、問診やバイタル情報、CT 撮影、診察、説明などを行う。1 時間ほどで終了し患者は帰宅することになるが、CT 検査の読影レポートは検査当日の夕方にならないと、電子カルテに反映されない仕組みだった。「外来診察終了後に全患者のカルテを一人ずつ開いて読影結果を確認しますが、そこから腫瘍の疑いが見つかり慌てて患者に電話し、コロナ治癒後の外来予約をするというケースがありました。そこで読影レポートを即時参照できるようにしたいと考え、読影レポートを FileMaker の Web ビューアで表示することにしました」(小西氏)。小西氏は自院の放射線レポートがウェブブラウザで提供されている点に着目し、当日CTを施行した全患者リストを放射線検査オーダーから取得し、レポート結果を Web ビューアで参照できるようにした。その結果、迅速にレポート閲覧できるようになり、また放射線検査オーダーを基にしたレポートを確認することで検査患者の病巣の見落とし防止にも寄与した。

2022 年 1 月からの第 6 波、7 月からの第 7 波ではオミクロン株が流行。重症患者は減少したものの感染力が増し、新規陽性者が爆発的に増加した。それまで厚生労働省の「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」への陽性者登録は保健所が行っていたが、医療機関が直接入力するよう運用が変更された。「HER-SYS は Web 入力ツールを実装していましたが、登録項目が多いうえ、すべて手作業で入力するものだったので大変な作業量になりました。その後すぐに HER-SYS が Excel インポート機能を実装したため、FileMaker でタブと改行形式のデータを作成し、HER-SYS の Excel テンプレートにコピー & ペーストすることでアップロードできるようにしました」(小西氏)。登録作業の効率化は飛躍的に高まったものの、HER-SYS から提供される Excel テンプレートは予告なしで頻繁にカラムの内容や列順変更が行われたため、その対応に日々苦労した。こちらもすぐにカラム変更に対応する機能を追加しテンプレート変更に対応した。

この他にも、院内クラスターの発生要因を明らかにし対応するためのツールを FileMaker で作成してきた小西氏。「FileMaker で作成したツールをスクラップ & ビルドしながら活用してきました。FileMaker がなければ、COVID-19 対応は乗り切れなかったと思っています」と振り返った。

2. 医療 DX「内製開発で陥りがちな罠」──現場主導で息の長い カスタム App を作るには?

常に新しい取り組みに挑戦し、Claris FileMaker の活用事例記事にも何度も登場している岐阜県の基幹病院、社会医療法人蘇西厚生会 松波総合病院。Claris FileMaker で内製開発し続けてきた数多くの医療情報システムと業務系アプリケーションを統合した「Clinical Supporting System」(CSS)が運用されている。システムポータルに登録されているボタンは 800 を超え、カスタム App も 400 以上存在するという。同病院の FMDセンター チーフ・エンジニアの深澤真吾氏は、こうした開発・運用を踏まえ「内製開発に陥りがちな罠」と題して、長く現場で使われる有効性の高いカスタム App 開発を提言した。

松波メディカルソリューション チーフ・エンジニア 深澤真吾氏

● 「使われていないアプリ」が半数以上という現実

CSS では 2014 年に導入した電子カルテを補完する機能や医療保険の書類作成、オンライン勤怠管理、コールバック(外線発信管理)など、400 以上のカスタム App を内製開発してきた。「2018 年に入職した私が知らないアプリも多数あり、現場からの問い合わせで初めて開いたものも多い。それらが実際に利用されているのか、ボタンをクリックするとカウントするようにして調べたところ、稼動率は 50% 以下でした。ボタンのうち 400 個ほどしか利用されていない状況でした」(深澤氏)。深澤氏は使われていないカスタム App が乱立している現状を指摘したうえで、“内製開発で陥りがちな罠”について説いた。

松波総合病院 CSS アプリへのショートカットメニュー

長年にわたって内製開発してきた結果、全機能を把握している職員もおらず、開発チームが知らないカスタム App も多くなる。こうした背景には、FileMaker が ローコードで手軽に開発できることがあると指摘する。「現場の誰かが面倒な業務を効率化したいと思い、開発チームに依頼して作成したものの、依頼した職員が退職すると “使われないカスタム App の誕生” となります。後に別の職員が見つけて使いはじめると、“消せないカスタム App ” となってしまいます」(深澤氏)。開発が容易であるからこそ、現場の職員は気軽に開発を依頼し、開発側も部門全体の要望かどうかなど、細かい要件を確認せずにアプリ作成する。結果、こうしたことが起こるというわけだ。

● 内製でのアプリ開発は「無料」ではない ―― 安請け合いが地獄の修正を生む

また、ベンダーが作る既製のアプリケーションに対して、内製のカスタム App なら無料で開発できるという妄想もあるという。「開発に人的なリソースを割くわけですからもちろんタダではありません。そして開発側も既製品のアプリの概要を確認しただけで FileMaker なら簡単に作れると安請け合いして作ってしまう。しかしながら、その製品の内部構造を厳密に理解して作ったわけではないので、稼働後延々と修正作業が発生するという結果を招きます」(深澤氏)。

  • FileMaker は短期間で作れるため、「既製品より簡単に作れるだろう」というのは幻想。実際は、業務要件の詰め不足
  • 仕様変更の無限ループ
  • 修正対応が積み重なり本来の開発ができない

という悪循環に陥ってしまう懸念を深澤氏は指摘する。

● 医療 DX の本質は “患者価値” に寄与すること

限られたリソースのなかで、医療 DX を実現するためには、カスタム App 開発を「 “まず開発してみよう!” ではなく、稼動(使ってもらう)を第一に考えることが重要。そのためには、最終目的地を決めることです」と深澤氏は力説する。

「最終目的地」について同氏は、「使用して業務が効率化できる」ことではないと指摘。「効率化の先にある真の目的は、職員が満足できることではなく、効率化により医療サービスが向上し、満足する患者さんが増えることです。ですから、開発を要望されたとき私は、『そのアプリがあると患者さんにも何か良い変化がありますか』と尋ねています」(深澤氏)と述べた。

深澤氏は、こうした効率化の先にある真の目的を見極めることに加え、「本当に必要なものに絞って開発する」こと、 つまり医療 DX においては単なる業務効率化ではなく、“医療サービスの質向上” を真の目的にするべきだと強調した。

3. 10 年経っても現役〜医療・介護情報連携システム 「北まるnet」に学ぶ、持続可能なシステム構築と運用〜

北海道の北見市医療福祉情報連携協議会が運用する医療介護情報連携システム「北まるnet」は、2012 年の運用開始から 13 年を迎え、年々進化を遂げながら、重要な医療福祉情報基盤として活躍を続けている。同システムは、北海道広域医療研究会の監修で Claris パートナーの株式会社DBPowers(札幌市)が Claris FileMaker をプラットフォームに開発した「DASCH Pro」を基幹システムとしている。北まるnet の数々の機能拡張と有効性をはじめ、持続運用を実現した秘訣、そして次の 10 年を見据えた構想などについて、医療法人社団高翔会 北星記念病院 医療情報管理室室長で、同協議会のシステム構築専門部会長を務める田頭剛弦氏が語った。

北星記念病院 医療情報管理室室長/北見市医療福祉情報連携協議会 システム構築専門部会長 田頭剛弦氏

● デジタル化が「退院時連携」を倍増 : システム化により 4 割→ 8 割へ 大幅改善

北まるnet が実装してきた機能には、医療機関から介護を必要とする患者が退院する際に介護支援専門員(ケアマネジャー、以下ケアマネ)との連携・情報共有する退院時情報連携機能がある。電話・面談というアナログな連携からシステムによるデジタルな連携になったことにより、それまで 4 割に留まっていた退院時情報の連携が 8 割まで上昇した。また、要介護度を決定する要介護認定審査会システムでは、それまで各審査員に郵送していた紙の資料を PDF 化してクラウドから iPad でダウンロードできるようにし、Web 認定審査会を実現するに至った。「当時としては珍しい Web 会議による認定審査会で、資料郵送コストと認定員の移動コストを削減できました」(田頭氏)。

● GIS を活用した介護・医療情報の可視化

さらに、冬季の除雪をマッピングする GIS(地理情報システム)を流用して、要介護者・要支援者と医療福祉関連の社会資源の情報をマップ上にレイヤー表示する GIS も構築。これは後に救急隊連携で利用されることになる。救急隊が患者の緊急連絡先、かかりつけ医、病名、処方情報を参照できる救急医療情報 Pad をカスタム App として構築したものだ。

「実証実験では市内の介護施設からの救急要請において、搬送時間を前年度実績から平均 2 分 37 秒短縮できました。電子お薬手帳もDASCH Pro の拡張モジュールとして構築しました。医療機関が発行する処方箋に JAHIS(一般社団法人 保健医療福祉情報システム工業会)の QR コードを印字し、調剤薬局がその QR コードを使って情報を登録します。調剤システムとの連携もできるため通常業務にも利用できます」(田頭氏)。

順調な進展を続けてきた北まるnet だが、さまざまな課題があったという。

● デジタル化 1 年目は登録者 100 人、 人口カバー率 わずか 0.07% でスタート

2025 年現在は順調に稼働する医療介護情報連携システム「北まるnet」だが、「開始 1 年間の登録者数はわずか 100 人、人口カバー率は0.07% でした。医療・介護機関のユーザーもコンピュータ操作に慣れず、従来の電話や郵送、訪問といったアナログ手段で十分という気風もありました」(田頭氏)。その後、登録者およびユーザ数も順調に伸びてきたが、その背景には「ニーズを探りながら、まずは形にしてみること」があったという。

ユーザ数拡大要因の1つとなったケアマネージャーによる入院時情報提供書

● FileMaker を使い続ける “強い理由”

全国各地に誕生した地域医療情報連携システムは、行政の補助金終了後に運営費確保ができず、財政難を理由に運用を断念したり、現場側の入力運用負担が大きいため利用が伸びず、参加施設が増えないまま形骸化したり、縮小している。それとは対照的に北まるnet が継続運用できた大きな要因は、FileMaker をプラットフォームとしたカスタム App「DASCH Pro」を基幹システムとして選定したことだと田頭氏は指摘する。「DASCH Pro は(オンプレミスの)Claris FileMaker Server で稼動しますが、機能のほとんどが API ベースの Web アプリケーションであるため、最低限のライセンス費で運用できています。また、FileMaker のデータを再利用することで、救急隊連携のカスタム App などを内製し、コストをかけることなく拡張できることも大きな要因です」(田頭氏)。2019 年に行われたハードウェア・ソフトウェアのリプレース更新においても初期導入コストの約半額で済み、市の予算で賄うことができたという。

● 次の10年への橋渡しへ

北見市は現在、財政破綻団体の“予備軍”として名が挙がるほど、行政予算の確保が困難な厳しい状況にある。医療・介護の情報連携プラットフォームに対しても、新規プロジェクトとして大規模な投資を行う余裕はない。こうした制約があるなかで「FileMaker を基盤にしてきたことが非常に大きかった」と田頭氏は強調する。

DASCH Pro を含む FileMaker ベースの仕組みは、初期導入から 10 年以上が経過した現在でも、「自分たちの手で改修・拡張し続けられる“生きたシステム” 」として機能している。システム更新でも、費用負担が少なく、ユーザ側で柔軟な改善ができる FileMaker の特性は、予算が限られる自治体においても持続的なシステム運用を可能にする大きな武器だ。

田頭氏は今後について次のように展望する。

「財政的に厳しい北見市にとって、ゼロから新しいシステムを構築するのは現実的ではありません。だからこそ、これまで積み上げてきた FileMaker の資産を活かしながら、次の 10 年に耐える仕組みへ進化させていくことが最も合理的な道筋なのです」

北まるnet は、FileMaker を採用したからこそ、予算制約を乗り越え、地域医療連携の未来を切り拓くための “持続可能なプラットフォーム”として次の10 年へ橋渡しできると同氏は確信している。

【セッションをオンデマンドでご視聴いただけます】

本記事で紹介した 3 つのセッションの録画を Claris カンファレンス 2025 オンデマンド配信でご視聴いただけます。ご視聴には登録が必要です。ご登録はこちらから。

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