目次
- コロナ対応を契機に始まった共通基盤づくり
- 最優秀賞に結実した医薬品関連業務の最適化
- 内製化を持続可能にする、基盤と統制の両立
- 内製化持続のための Claris パートナーとの関係性を重視
東京都立墨東病院(765床)は、東京 23区東部(墨田区・江東区・江戸川区)を中心とする約 150万人の医療を担う広域基幹病院である。高度救命救急センター、総合周産期母子医療センター、第一種感染症指定医療機関、精神科救急医療など高度かつ多機能な医療体制を備え、地域医療を支えてきた。こうした複数のセンター的医療を支えるには、電子カルテだけでは十分とはいえない。診療業務に付随する各種データを、いかに安全かつ効率的に管理・活用するかが大きな課題となっていた。そこで導入されたのが Claris FileMaker である。Claris パートナーの技術支援を受けながら、わずか 4年弱で内製開発による病院全体のシステム基盤の構築を実現した取り組みに迫る。
1. コロナ対応を契機に始まった共通基盤づくり
都立墨東病院が Claris FileMaker を病院全体の基盤として導入したのは 2022年である。導入以前は紙による運用がなお多く残り、一部業務は Excel で管理されていた。しかし、紙は検索性や共有性に乏しく、Excel も複数担当者での同時運用や継続的な記録、権限制御、過年度データの横断的参照といった点に限界があった。また、臨床データの管理においても、各診療科がさまざまな台帳やカンファレンス記録を紙や Excel で保持しており、情報の集約や活用に課題があった。過去にはスタンドアロン環境で FileMaker を利用していた部署もあったが、限られた担当者が特定端末で使用するにとどまり、診療科や病院全体の仕組みにはなっていなかった。
こうした背景のもと、同院が目指したのは、現場が必要とする情報を必要なタイミングで扱え、かつ病院として統制可能な共通基盤の整備である。単なる業務効率化ツールではなく、医療現場の実務を継続的に支える柔軟な仕組みとして、FileMaker によるシステムの内製開発に着手した。
FileMaker 導入のきっかけの一つは、新型コロナウイルス感染症拡大時における職員向けワクチン接種対応であった。委託職員を含む接種対象者は 3,000人規模に及び、当時は受付に紙の名簿を並べ、6~7人の担当者が目視で職員名を確認しながら対応していた。そのため、担当者は接種管理や自治体への接種証明書の提出対応に多くの時間を要していた。この課題に対する解決策として FileMaker で構築したのが、QRコード付き名札を用いた予防接種管理システムである。名札の QRコードを読み取るだけで職員情報を即時に取得できる仕組みにより、受付対応は 1~2人で行えるようになり、接種管理業務は大幅に効率化した。現在では職員の予防接種に加え、健康診断や各種研修の受付まで一元管理できる「総務ポータル」として機能している。
職員全員の予防接種管理を FileMaker による内製アプリで行っている
FileMaker の選定にあたっては、同じ東京都立病院機構傘下で導入・運用を先行していた都立松沢病院、都立多摩総合医療センター、都立広尾病院などの実績も後押しとなったという。また、都立病院機構などがグループウェアとして利用しているサイボウズ社の kintone も検討を行ったが、クラウド型サービスであることから、オンプレミスで運用される電子カルテネットワークとの接続要件や運用方針を踏まえ、今回はオンプレミスで構成可能な FileMaker を採用した。医療系ネットワーク(電子カルテ)とインターネット接続系の事務ネットワークは分離された環境であるが、それぞれに適した形で Claris FileMaker Server を配置することで、セキュリティを担保しながら内製アプリを構築・運用できる点が重要な採用決定要因となった。
FileMaker を病院の基盤システムとして導入して以降、各科・部署との開発案件におけるヒアリングや要件整理、実際の開発、システム管理までを担っているのが、事務局計画課主任の吾郷由佳氏と宮本千晃氏の2名である。両名とも FileMaker での開発経験はなかったが、Claris パートナーである TXP Medical の秋山幸久氏の技術支援を受けながら、約4年の間に数多くのカスタム App を開発してきた(詳細は後述)。特に電子カルテとのデータ連携、ログイン、ログ出力、サーバー設計・保守といった基盤部分については、秋山氏の支援により ODBC データソースから目的のデータを柔軟に取得できる「AD_Connector」を導入し、安定した土台を先に整備している。
(右から)TXP Medical 秋山幸久氏、事務局計画課主任 吾郷由佳氏、宮本千晃氏
2. 最優秀賞に結実した医薬品関連業務の最適化
FileMaker のカスタム App が院内に浸透・定着するにあたり、特に象徴的な成果となったのが、緊急購入薬品申請や最適使用推進ガイドラインチェックリスト対象薬の手続きに関するシステムである。この取り組みは、都立病院機構が主催するテーマ別改善運動において 2025年度の最優秀賞を受賞した。薬剤科のメンバーに吾郷氏・宮本氏が加わったサークルによるもので、テーマは「医薬品に関わる業務のペーパーレス化およびデータベースの構築」。具体的には、緊急購入薬品申請、最適使用推進ガイドラインチェックリスト対象薬の手続き、院内採用医薬品集改訂の 3業務の最適化を目的としている。いずれも紙を中心とした運用で行われており、手続きの煩雑さに加え、個人情報を含む紙媒体の移動に伴うリスクや、集計・管理にかかる負担が課題となっていた。
なかでも改善効果が大きかったのが、“緊急購入薬品申請”である。それまでは、「申請した医師が部長・医長や薬事委員長といった承認者の押印を集めるため、申請書を持って院内を回る必要がありました。職員の負担が大きく、即時性にも課題がありました」(宮本氏)。この電子申請システムは 2025年1月から運用を開始し、年間 960件に及ぶ申請の 100% 電子化を実現した。これにより、紙の申請書の作成・回付・保管、承認印受領のための移動、進捗確認の手間が大幅に軽減され、申請内容や承認状況を関係者が画面上で把握できるようになった。「医師・薬剤師・事務職の作業削減効果は申請 1件あたり約1時間と見積もっており、年間では約 1,200時間、金額換算で 600万円以上の改善効果が見込まれると試算しました」(吾郷氏)。単なる紙の電子化にとどまらず、承認プロセス自体を再設計したサークルメンバーによる DX の取り組みの成果である。
さらに、“最適使用推進ガイドラインチェックリスト対象薬の手続き”においても、業務の効率化と安全性の向上が進んでいる。厚生労働省が定めた「最適使用推進ガイドライン」に基づき独自に紙のチェックリストを作成し、該当薬剤使用時に提出を義務付けているもので、同院における対象薬は 51種類にのぼる。従来は紙のチェックリストを用いていたため、書類対応が煩雑で集計作業の負担が大きく、また紙媒体であることから移動時の紛失リスクも懸念されていた。現在は、電子カルテのテンプレートによる手続きと、FileMaker による抽出・集計システムへの移行を順次進めており、年間 192件規模(2024年実績)の申請が電子化されている。
3. 内製化を持続可能にする、基盤と統制の両立
同院の FileMaker による DX は、医薬品関連業務にとどまらない。事務系では前述の総務ポータルをはじめ、2024年度のテーマ別改善運動で優秀賞を受賞した院内物品等利活用システム「Treasure Delivery」、医師の超過勤務時間確認システムなどが稼働している。医療系では各科の外来・入院患者台帳やカンファレンス記録、職員の抗体価検索、救命救急センターのホットライン・当番表、手術室の有効利用に関するアプリなど、各科の多様な業務に広がっている。FileMaker Server 上で稼働し、ブラウザ経由でアクセスできる Claris FileMaker WebDirect の内製アプリは医療系だけで 20種類(1種類内に 2~3本のアプリを含む)に達し、わずか 3年強で院内共通基盤としての位置付けが確立された。
院内物品等利活用システムは、院内に埋もれる資産を有効活用する宝探しだ
FileMaker Server へのアクセスは FileMaker WebDirect によるアクセスで各アプリへのアイコンデザインも内製している
同院におけるカスタム App 開発は、各科が独自にシステムを管理する形ではなく、病院全体として統制された運用体制のもとで進められている。過去にはスタンドアロンの FileMaker で医師が個人的に開発したアプリも存在したが、病院の基盤として導入して以降は、各部門や小さなサークルに計画課の 2人が参画して開発を進めている。完成したアプリは、利用部門が任意にサーバーへ配置するのではなく、計画課のシステム管理者が一元的に管理し、全体としての統制を図っている。
カスタム App 開発においては、吾郷氏・宮本氏が各部門の現場へのヒアリングと要件定義を経て開発・公開する方式を採っている。「部門担当者には、ユーザマニュアルの作成と業務運用を自ら担うことを最初に徹底し、担当者の異動や退職があっても継続運用できる状態を維持できるようにしています。また、最近は定期的に利用実績の少ないアプリを私たちが確認し、利用部門に確認のうえ整理しています」(宮本氏)。こうした方針は、病院全体としての保守性、継続性、セキュリティ、責任分界点を担保するための施策であり、自由度と統制の両立こそが持続可能な内製化の条件であることを示している。
システム管理部門においても、職員の異動や退職があっても内製化を持続可能にするための対策を講じている。その一つが、これまで開発してきた各案件について、各部署とのヒアリング内容や要件定義に関する仕様検討資料など一連の資料をドキュメントとして保管している点である。「要求仕様書(背景・課題・目的、求める機能、運用責任者)や課題管理台帳を作成し、開発着手前に決定しています。これは運用現場と開発側の認識のずれを防ぐための対策です」(吾郷氏)。また、過去の電子カルテ運用や内製アプリに関する Q&A、内部対応記録、検討経緯などをナレッジベースとして FileMaker で管理し、システム担当者が院内の問い合わせに対応できるよう運用資産として蓄積している。
4. 内製化持続のための Claris パートナーとの関係性を重視
FileMaker による開発・運用の知見がなかった吾郷氏と宮本氏が、短期間のうちに院内の FileMaker 基盤を構築できた背景には、Claris パートナーである TXP Medical の秋山氏との関係性がある。電子カルテと FileMaker の連携やサーバー運用・保守などを委ねられるパートナーとして秋山氏を紹介され、委託契約を締結したが、当初は他の開発会社も検討候補に挙がっていたという。「他社の提案では、開発委託という形が中心であり、職員による内製開発を進めていくには難しい面もありました。私たちは、技術支援を受けながら、職員自身が開発・運用できる体制を構築したいと考えていたため、開発ベンダーではなく、技術コンサルタントとして伴走いただけることが、秋山さんと契約した決め手でした。」(吾郷氏)という。
実際、両氏は秋山氏にカスタム App の開発そのものを依頼したことはなく、あくまで技術支援を受ける形をとっている。電子カルテ連携においても、コネクターである AD_Connector の提供を受けつつ、どのデータを選択・抽出するかは SQL を学びながら自ら設計し、システムを構築してきた。「アプリ開発においても、FileMaker のトレーニング動画を参照しながらサンプルアプリを手本にし、分からない点を秋山さんにその都度確認することで技術を習得してきました」(吾郷氏)。例えば、当初はチュートリアルに沿った基本的なレイアウトを作成していたが、学習を重ねる中で改善点に気づき、より使いやすいユーザインターフェースへと工夫を加えられるようになったという。
こうした技術習得の過程を見守ってきた秋山氏は、両氏が開発した「緊急購入薬品申請に関するシステム」が最優秀賞を受賞したことについて、「まるで教え子が成果を評価されたようで誇らしく感じました」と語っている。
AD_Connector では事前に設定した間隔でデータが細かく FileMaker と同期できる
FileMaker による内製開発に取り組もうとするユーザに対し、吾郷氏は、Claris パートナーとこうした関係を確立できた経験を踏まえ、「技術コンサルタントとして伴走してくれる Claris パートナーの存在が非常に重要だと感じています。支援を受けながら進めることで、院内で継続可能な内製開発体制につなげることができました。」と語る。
東京都立病院機構は 2026年度以降、全 14病院の電子カルテシステムを順次統一していく方針である。都立墨東病院においても、次期更新では電子カルテのベンダー変更が予定されている。それを見据え、国の医療 DX 推進施策である電子カルテ情報共有サービスの 3文書 6情報をはじめ、退院サマリや手術記録等の抽出・整理を進めていく考えだ。新電子カルテ移行後も、過去情報の検索性を維持しながらシステム移行を支える中間基盤として、FileMaker を位置付けている。