事例

東亜工業が Claris FileMaker で切り拓いた、現場発の製造業 DX

目次

  1. 最先端の工場に残っていた“アナログ”作業
  2. 日報が「紙である」ことの弊害
  3. 現場に合う仕組みを ── 細かい要望を反映できるツール探しに奔走
  4. Claris FileMaker が評価された理由とは
  5. FileMaker と相性がよく、“現場で使える” iPad を投入
  6. 若手の挑戦が、紙文化を変えた
  7. 技術と人が一緒に育つ会社へ

製造業の仕事というと、多くの人は巨大な機械、ロボット、整然と自動化されたラインを思い浮かべるかもしれない。実際、群馬県太田市に本社を置く東亜工業株式会社は、まさにそのイメージを体現するような会社だ。同社の製品は自動車部品と住宅部材を主力とし、とくに自動車分野では、車体骨格部品やサスペンション部品など、人の命を守る安全性に深く関わる重要部品を手がけている。同社は、依頼された図面通りの部品をただ量産するだけではなく、要素技術開発から関わり、部品設計、試験評価、生産ライン構築までを一貫して行う。群馬県内に 4工場を持ち、米国にも生産拠点を展開する、技術力と開発力を併せ持つグローバルなメーカー企業だ。

1. 最先端の工場に残っていた“アナログ”作業

2021年に稼働した同社世良田工場は、産業用ロボットや大型プレス機、AGV(無人搬送車)を活用したスマート工場として注目される存在である。ところが、その最先端の現場にも、長年変わらず残っていた業務があった。

それが「紙の作業日報」だ。世良田工場を含む同社の 4工場では約 160の職場(セル)で生産が行われており、各セルでは毎日 1枚ずつ手書きの日報が作成されていた。年間にすると約 3万8400枚。日報は作成の翌朝に回収され、監督者の確認や押印を経て、事務担当者が基幹システムに手入力する。そのため、生産実績が把握できるのは日報を作成した翌日の午後以降だった。高度に自動化された工場でありながら、重要な現場情報が紙と人力に依存していたのである。

2. 日報が「紙である」ことの弊害

まず、課ごとに日報フォーマットが異なっており、記載ルールも統一されているわけではなかった。また、工程内で起きる不良品やごみなどの廃棄物、いわゆる工廃についても、工数や情報の精度に課題があった。他部署要因で発生した工廃や破棄数が正確に計上されず、実際に生産に使った数と生産管理側の把握している数にずれが生じ、在庫管理に影響することがあったのだ。さらに現場ではさまざまな国から来た人材が働いており、数字や文字の書き方の違いから確認の手間が発生し、多言語対応も難しかった。現場の努力だけでは解決できない、仕組みそのものの問題が積み重なっていた。

経営側からは、製造原価をより正確に把握し、現場データを細かく吸い上げて改善につなげたいという方針が示されていた。自動車部品の製造では、少しの停滞や異常が原価や納期に影響する。東亜工業 自動車事業部 DX推進室室長 井垣 諭孝氏は当時を振り返る。「現場で何らかのトラブルが発生して生産が計画どおり進んでいないワークセンターを把握するため、監督者が頻繁に現場を巡回しなければいけませんでした。前日に起きたトラブルや慢性的な問題を管理職が把握するのが遅れれば、対応も後手に回る。部品発注や在庫数確認にも遅れが生じます」

最先端であるはずのスマート工場の中に、これらの課題の大元となる“情報の管理”が旧態依然としたやり方のまま取り残されていたのである。

3. 現場に合う仕組みを ── 細かい要望を反映できるツール探しに奔走

こうした課題は製造業の現場では共通してあることだが、それぞれの企業には独自の業務フローがあり、いくら業務効率化を謳ったツールがあってもパッケージソフトではまかないきれないことが多い。

同社が取り組んだ作業日報の電子化においても同様だ。そしてここで重要なのは、紙でしていたことをそのままタブレットに置き換えたわけではないということだ。目指したのは、現場の入力負担を減らしながら、必要なデータを正確に、しかも迅速に経営や管理に生かせる仕組みを作ることだった。

仕組みづくりは DX推進室が担った。DX推進室はまず、複数のローコード/ノーコード製品を比較検討した。検討するなかで、それらの製品でプロトタイプも作成している。しかし、現場のニーズを取り込んでいくと、ノーコードツールでは限界が見えてきた。現場からは要望が次々に出る。例えば、前回入力値を引き継ぎたい、別画面でも同じ情報を使いたい、もっと入力を簡単にしたい。そうした変化に柔軟に対応し続けるには、より開発の自由度の高いツールが必要だった。そして選ばれたのが Claris FileMaker であった。

4. Claris FileMaker が評価された理由とは

数あるツールの中で、FileMaker を選択した理由は明白だった。DX推進室次長 岩﨑 修一氏は次のように語る。

「リレーションシップを使ってデータを柔軟につなげられること、画面や帳票を業務に合わせて細かく設計できること、スクリプトによって高度な処理まで実装できること。ノーコードの手軽さではなく、現場の変化に追随できるローコードの柔軟性が決め手になりました。アジャイルに改善を続ける想定で、現場ニーズの高まりや変化に柔軟に対応できることが重要でした」(岩﨑氏)

また、FileMaker 19 以降に実装された Web ビューア機能の、JavaScript を使ったインタラクティブな表現にも可能性を感じたという。つまり東亜工業は、今の課題を解く道具としてだけでなく、将来の発展性まで見据えて ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を選んだのだ。

5. FileMaker と相性がよく、“現場で使える” iPad を投入

端末とインフラの選定にも、現場視点を徹底させた。当初は大量導入のコスト面から Android タブレットも検討したが、スリープ機能の制御が難しく、一定時間で画面が落ちてしまうという難点があった。工場内の各セルでは、ほぼ1時間ごとに日報を入力する。入力途中でスリープモードに入ってしまい、未保存の内容が失われてしまうようでは使い物にならない。そこでスリープ機能を無効にできるうえ、FileMaker と連携可能な Claris FileMaker Go が使え、工場内の環境にも耐えうる Apple の iPad を採用することに。4工場で 200台以上の iPad を配置した。

iPad を導入すれば終わり、というわけではない。既設設備が並ぶ工場内でアクセスポイントをどこに設置するか、電源をどう確保するか、金属柵や背の高い設備による電波障害をどう避けるかまで、現場で調査を重ねた。電源確保が難しい箇所には PoE(Power over Ethernet) を使い、通信不安定や機器故障も想定してメッシュ Wi-Fi を採用。故障時に別アクセスポイントへ自動的に迂回できるルートも設計し、工場の非稼働日に検証した。こうした地道な準備が、現場が“本当に止まらない仕組み”を支えている。

4つの工場に 200台以上の iPad を配置している

6. 若手の挑戦が、紙文化を変えた

東亜工業の電子日報アプリ開発の中心となったのは、DX推進室の若手社員、佐久間 拓海氏である。アプリ開発の経験がほとんどない状態から、現場で日常的に使う基幹業務に近いアプリ開発を担当することになり、佐久間氏は大きなプレッシャーを感じたという。それでも Claris が提供する FileMaker トレーニング教材や、YouTubeの学習動画などで学習し、「FileMaker なら自分でも開発できそうだ」という感触を得た。高度なプログラミングの知識がなくとも、既存のスクリプトを組み合わせることで作りたいツールが作れるという、ローコードツールならではの FileMaker の強みが、佐久間氏の挑戦を後押ししたのである。

東亜工業 自動車事業部 DX推進室 佐久間 拓海氏

またここに、同社の人材育成の特筆すべき点がある。経験の有無だけで役割を決めるのではなく、若手が学びながら仕事の中核に挑戦できる風土があるのだ。そして佐久間氏はその信任に見事応えた。佐久間氏自身も、「現場の要望をすべて反映するとシステムが複雑になり、却って使いづらくなることがあります。要望の本質を理解し、システムにどう落とし込むか、という視点が身につきました。別の解決策を提案したり、実装した場合の影響を説明することを意識するようになりました」と、システムエンジニアとしての成長を実感している。

開発中、現場からは「入力をできるだけ簡単にしたい」、「何度も同じ内容を入れるのが大変だ」 という声が多く寄せられた。そこで佐久間氏は、アプリに前回入力値をそのまま反映する機能を実装した。セルや作業者、部品情報など、毎回大きく変わらない内容は保存し、次回入力時に自動表示する。作業者は内容を確認して「OK」をタップするだけで、次の画面に進める。この機能により、日報 1件あたり約 40秒の時間削減効果が確認された。160セル、20稼働日で換算すると、月 35.5時間に相当する。1件 1件は小さな改善でも、全体で見れば大きな生産性向上につながることがよくわかる数字だ。

さらに、開始・終了時刻はボタンを押せばタイムスタンプで記録できるようにした。手書きより速く、正確に記録できる。機器が停止した際も、停止理由がシステム上で把握できるようになり、停止ロス時間や機械故障の分析にもつながった。従来は日報の基幹システムへの転記作業が 1日 17.5時間、監督者の集計や問い合わせ対応で 1日 3.5時間、生産性改善のための要因調査に 1日 6時間かかっていた。これらも電子化によって大きく改善されている。また、日報用の紙の配布・回収にかかる時間がなくなったことも無視できない。

基幹システムと FileMaker の連携には、同社では DataSpider(株式会社セゾンテクノロジー)を採用している。Claris FileMaker Server から定刻で CSV を出力し、DataSpider がその内容を取得して基幹システムの中間テーブルへ書き込む仕組みで、データがより早く在庫実績へ反映されるようになった。翌日に日報を確認しながらスタッフが入力していたときに比べ、所要量確定や在庫反映の遅れは大きく改善された。

7. 技術と人が一緒に育つ会社へ

電子日報の成功は、東亜工業にとって一つの通過点にすぎず、それ以外への展開も興味深い。例えば、取得したデータを表やグラフで見える化したデジタルサイネージを設置するなど、工廃に関する精度向上や責任部署・要因の明確化、トレーサビリティーのための情報の電子化も進んでいる。

“保全予備品管理” では、Excel ベースだった運用を見直し、1工場あたり約 1000点の棚卸しに 3日かかっていた作業を、iPhone(FileMaker Go) で入出庫管理することで1日に短縮した。“休暇申請” も紙から FileMaker ベースへ移行し、どの工場からでもメールで上司承認を得られるようになったうえ、グループウェアの API を使って承認済み休暇をスケジュールへ反映する仕組みまで実現している。

3日かかっていた棚卸しも 1日に短縮

また、現場の約半数を占める外国籍スタッフのために、マニュアル類には AI を活用した翻訳も取り入れている。日本語、英語、ポルトガル語に加え、タミル語、シンハラ語、ベトナム語にも対応。単にシステムを導入するのではなく、「誰もが使えるようにするにはどうするか」まで考える姿勢は、同社の現場への誠実さの表れだ。

現場からは「ここまでできるなら消耗品在庫もシステム化できるのではないか」といった改善アイデアも自発的に出ているという。これはシステム導入の成果が効率化だけではないことを示している。それまで TPM(全員参加の生産保全)や TPS(トヨタ生産方式)の手法で改善を進めてきた現場スタッフが DX も意識し、さらなる改善・分析をすすめたいという意欲を持ちはじめたのだ。

今後は、傘下の取引先へのシステム展開を視野に入れており、すでに 3社でそれらの検証が始まっている。生産技術系や品質管理系の工程監査データ入力、Visual Basic や Access で構築された既存システムから FileMaker への移行、さらには北米工場への展開まで、構想は広がっている。Claris FileMaker は、もはや日報アプリの枠を超えて、東亜工業のものづくり基盤を進化させるプラットフォームになりつつある。

左から東亜工業 自動車事業部 DX推進室 室長 井垣 諭孝氏、同室 佐々木 拓海氏、同室 次長 岩﨑 修一氏

【編集後記】

東亜工業の魅力は大きく 2つある。1つは、自動車の安全を支える重要部品を生み出す高い技術力。もう 1つは、その技術を支える現場や仕組みまで、自分たちの手で進化させていく文化だ。現場の課題を見つけ、仲間と議論し、年齢・キャリアに関係なく新しい仕組みづくりに携わる。取材を通じて印象に残ったのは、同社の DX が単なる最新設備によるスマート工場化ではなく、「現場をより良くするための地道なものづくり」として進められていることだった。「紙の日報をなくす」という一見地味に見えるテーマの裏には、原価把握、在庫精度、品質管理、多言語対応、若手育成といった多くの要素が折り込まれていた。同社はそれを、アウトソーシングされたソフトウェアを使うのではなく、自分たちの現場に合う仕組みを FileMaker でつくり上げていたのだ。

アプリ作成初挑戦ながら、FileMaker で見事 DX を実現させた若手社員、佐久間氏はClarisが開催する「Claris カンファレンス」にも参加し情報収集していたという。今年も 11月、Clarisカンファレンスの開催が決定。IT による業務の効率化を考えている方はぜひ参加いただきたい。Claris カンファレンスから第二、第三の佐久間氏の誕生を期待している。

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