事例

DX 時代の品質保証、AI 技術とアプリで生み出す KOBELCO グループの問題解決力

神戸製鋼グループで、さまざまな素材や材料の検査、品質管理をグループ内外の企業から受託する株式会社コベルコ科研。 AI を活用し、多様な検査機器のメーターに表示される数値を自動で読み取るシステムを Claris FileMaker ベースに構築しました。FileMaker のカスタム App 開発に至る経緯や、背景、今後の展望について関係者の皆様にうかがいました。

【お話をうかがった皆さんの所属と役割】
 株式会社神戸製鋼所:プロジェクトを総括し、進行管理と各社連携を担当
 細川 徹氏(技術開発本部 プロセス技術センター主任部員)

 株式会社コベルコ科研:現場での運用や社内統括を担当
 沖 伸介氏(技術本部 材料ソリューション事業部
      業務グループ長(兼)品質保証部 主任部員)
 市川 史郎氏(技術本部 材料ソリューション事業部材料評価技術部
      腐食防食技術室 室長)
 三谷 俊裕氏(技術本部 材料ソリューション事業部
      材料評価技術部 腐食防食技術室)

 GMO グローバルサイン・ホールディングス株式会社:hakaru.ai(ハカルエーアイ)byGMO を提供
 末舛 仁史氏(企画開発部 AI IoT 営業グループ チーフ )

 パットシステムソリューションズ有限会社:FileMaker のシステムの開発と運用を担当
 深田 尚史氏(FileMaker エンジニア)

AI アプリと FileMaker の連携により、ものづくりの課題へ立ち向かう。

メーカーが製品を開発し、世に送り出すためには、期待した性能や安全性、耐久性を満たしているか、検査・評価が不可欠です。さまざまな製品の材料に対する評価や、耐久試験、シミュレーションを通して、メーカーが持つ技術課題や問題の解決をサポートするのが、株式会社コベルコ科研です。神戸製鋼グループの一翼を担い、ものづくりのプロの相談役となっています。

神戸製鋼所では、関連会社を含めたグループ全体が一丸となって、ものづくりの課題を解決するためのプロジェクトが始動していました。その一環として、計器・機器のメーターの数値を手書きで記録するのではなく、メーター読み取りを自動化することに。はじめに、グループ会社の中でも特に計測機器の多いコベルコ科研、そのなかでも腐食試験の結果を計測する腐食防食技術室に、数値読み取り自動化のシステムを導入することになりました。
*本記事の読者の方に向けて”腐食”への知見を深めるため、補足解説します。腐食とは、金属がその環境において化学反応によって損傷を受ける現象で、輸送機部品や建材、橋梁など屋外で使用される材料では、塩害や大気汚染物質に起因する酸性雨腐食などが挙げられます。

ガス腐食試験の試験結果例。株式会社コベルコ科研 HP より

腐食防食技術室はこのほかに、原子炉や石油精製などの現場で使用される高温高圧水や水素を含む高圧ガス、エタノールやガソリンなどの液体による腐食など、様々な特殊環境下での腐食現象を解析して、私達の生活の安全を担保する重要な役割を担ってくれています。

高圧水素ガス環境下材料試験機の外観。燃料電池など水素エネルギー活用への注目が高まる中、国内最高レベルとなる水素ガス圧力 140MPa、温度(低温)-80℃ の高圧低温水素ガス環境中において材料試験、暴露試験を行うことが可能。

2020 年 6 月、神戸製鋼所は GMO グローバルサイン・ホールディングス株式会社(以下、 GMO グローバルサイン・HD)が提供する hakaru.ai の導入検討をスタート。 hakaru.ai は、スマートフォンの専用アプリでメーターを撮影することで、画像解析 AI が数値を読み取り、自動で数値データ化するというサービスです。このサービスの導入により、全てのメーターの読み取り自動化が実現すると期待されていました。しかし、hakaru.ai は SaaS でサービス提供されすぐに導入できるメリットがある一方で、単独で多様な業務におけるニーズ全てに対応することは難しいと判明。そこで、管理項目の追加・変更や機能改善といった稼働後のアプリ改修も柔軟に対応できるローコード開発プラットフォーム FileMaker を活用し、複雑で多様なコベルコ科研の業務に合ったシステムを構築することになりました。

「hakaru.ai はさまざまな現場に対応できるよう簡単でシンプルな設計であるものの、今回の仕様に対するカスタマイズは難しい一面がありました。そこを FileMaker にサポートしてもらいました。」(GMO グローバルサイン・HD 末舛さん)

GMO グローバルサイン・HD 末舛さん

FileMaker の活用について、プロジェクトを総括していた株式会社神戸製鋼所の細川さんも、「もともと FileMaker は神戸製鋼所でも長年利用されており、その存在と、利便性についてはある程度知っていました。そこで共にプロジェクトを進め、開発を担当してくださるパートナー企業を探した結果、 Claris 社からコベルコ科研と同じ神戸に本社があるパットシステムソリューションズ(以下、パットシステム)を紹介していただき、協力をお願いしました。」と話します。

左から順に、株式会社神戸製鋼所:細川さん、株式会社コベルコ科研:沖さん、市川さん、三谷さん

読み取りの自動化を実現し、ペーパーレス化や業務削減が加速。

神戸製鋼所、コベルコ科研、 GMO グローバルサイン・HD、パットシステムの 4 社のスムーズな連携により、設計に 1 か月、開発は 2 か月、テストに 1 か月という短期間で、2020 年 9 月に メーター読み取りAI「hakaru.ai」API を連携した Claris FileMaker のカスタム App である「KIRS(カーズ:コベルコ機器データ読み取りシステム) 」が正式にリリースされました。システム開発を担当したパットシステムのエンジニア 深田さんは、プロジェクトについて次のように語ります。

「生産管理などのシステムを担当した実績はありますが、今回のコベルコ科研さんのように品質管理の経験がなかったため、業務に関する知識や、作業される方々が現場でシステムを使用する現場調査に時間をかけました」

システム開発について語るパットシステムソリューションズの深田さん

運用開始後にも、FileMaker のアジャイル性を生かしてシステムを改善していると言います。
また、運用はオンラインで行われていますが、万が一ネットワークに接続できない場合でも iPhone で数値を読み取って端末側に保存しておき、後でネットワークにつながった時点でデータをサーバに取り込めるよう緊急時に備えた機能も用意されています。

1 千万円のハードウェア設備投資と数百万円のアプリ投資

他のシステムと比べ、KIRS には経済的なメリットもあったと言います。

「もともとこのプロジェクトを始めた際、計測データを直接送信できるよう機器そのものを入れ替えようかという話もあり、その場合の金額の試算も行いました。その結果、安く見積もっても 1 千万円を超える結果になりました。一方、開発したアプリ KIRS は少額の初期費用、ランニングコストによる運用が可能で、その差は圧倒的です。さらに、故障や劣化による機器そのものの入れ替えや、新たな測定機器の導入時もシステムには影響しないため、問題なく運用を続けられます。」(コベルコ科研 沖さん)

KIRS の導入によって、これまで検査結果を視認して、紙に手書きで数値を記載していた機器や、データを紙にプリントアウトして別のシステムに入力していた機器に関しても、自動的にシステムに入力されるようになりました。まれにある AI の認識間違いに関しても、人の目で見て正しい数値を記録すれば履歴が残るため、ヒューマンエラーや改ざん防止対策もされています。
また、この読み取りの自動化により、ペーパーレス化の効果も見られるようになったと言います。以前は、お客様からの問い合わせや、確認のために過去のデータを参照する際、膨大な保管資料から該当書類を探し出す必要がありましたが、今ではデータ管理や検索が FileMaker プラットフォーム上で瞬時に実行できるようになりました。実際に現場に立つ三谷さんも「大幅な時間短縮とまではいかないものの、手書きが少なくなったので、作業の工数は着実に減っています」と話します。

目指すは、さらなる正確性の向上と、グループ全体への横展開。

hakaru.ai の 読み取りでは、カメラの写り具合などに左右され、 AI 正解率は100% とはなっていない現状について「人による訂正の手間軽減の為にも正解率は、やはり 100% まで高めたい」と細川さん。機器によって読み取りにも差が出るため、GMO グローバルサイン・HD とともに、より正確な解析を目指しているとのこと。腐食防食技術室室長である市川さんも「圧力計などのアナログメーターやメスシリンダー目盛りの読み取りの実現を進めて頂くことでKIRSの適用を拡げると共に、数値化したデータはそのまま報告書へ反映できるようなシステムを構築して業務効率の向上を目指したい」と展望を語ります。

今後は、コベルコ科研で導入したこのシステムを、他の事業やグループ会社に展開することを計画していると言います。「もちろん業務内容が各事業、グループ会社によって異なるため、今回のシステムをそのまま使うことは出来ませんが、グループの共通基盤として臨機応変に対応できる仕組みが構築出来たと思います。どのように対応するのか、設計、運営の問題など進めていくことは山ほどありますが、ひとつひとつ進めていき、ものづくりのサポートをしていきたいと思っています。」(神戸製鋼所 細川さん)

編集後記】

KOBELCO GROUP の採用ページには、 「つくる人の想いに応える会社」、
Technologies for the Future (すべての技術の目的地は、未来です。)という言葉が掲げられています。

ものづくりに関しての課題を解決していくプロジェクトの一環として始まった今回のシステム開発。立場や業種が異なる複数の企業が足並みを揃えるのは決して簡単ではなかったはずです。それでも、「よりよいサービスを」、「よりよいものづくりを」というみなさんの信念から生まれた挑戦は、AI の解析率の向上につながり、培った知恵や経験はグループ企業へ横展開され、世の中の役に立つ製品づくりの支えになっていきます。AI の精度が悪いという一言で片付けるのは簡単ですが、やはり誰もやったことのないことを実現しようとする気持ちがあるからこそ、「つくる人の想いに応える会社」を実現できているのだと感じました。