事例

熊本の眼鏡店が取り組む 小売店の DX とデータ利活用の重要性

小売業の未来は地域密着型の店舗運営にあり

雄大な阿蘇連山を東に望める豊かな自然と田園環境、恵まれた立地条件を生かした生活都市として発展する熊本県菊陽町。近年、都市基盤の整備や光の森地区の住宅開発が進み、さらには世界最大の半導体受託製造企業・台湾積体電路製造(TSMC)が進出し、人口が急増している。その光の森地区の中心地に、ひときわ目を引くおしゃれなカフェのような近代的な建物がある。「D-Eye ー 出会い」をコンセプトに 2008 年にオープンした、注目の眼鏡店だ。

この熊本県の眼鏡店がなぜ注目されているのか? それは、大手の眼鏡チェーン店舗と一線を画し、セレクトショップとして顧客に選ばれる眼鏡店 D-Eye の DX への取り組みが際立っていることにほかならない。

D-Eye nakahara 熊本県 菊陽町 光の森 店舗

「創業 1976 年の地域の眼鏡店」からの脱却

「中原眼鏡店」や「D-Eye」の店舗名で眼鏡やサングラスの小売業を行っている株式会社ナカハラ

熊本県、鹿児島県、東京都に実店舗を持ち、フランスの「ANNE ET VALENTIN(アン バレンタイン)」、アメリカの「OLIVER PEOPLES(オリバーピープルズ)」や「La Loop(ラループ)」といった海外ブランド製品のほか、国内メーカーのフレームを多く取り扱っている。顧客視点での接客サービスと、自社内の眼鏡レンズ加工で高品質、高リピーター率を誇っている。

国内では大手の格安眼鏡チェーン店舗が増加するなかで、デザイン性の高いブランドを取り扱うことで価格競争から距離を置き、人材を育成しながら徐々に店舗を拡大し、固定客を中心に付加価値のあるサービスを提供している。

眼鏡の注文は来店が基本となり、インターネット通販が拡大する今日でも安定して地域における来店需要が見込まれる。そこでもし、大手量販店のように格安メガネを中心に量を追求するのであれば、サービスの省力化と接客時間の短縮が求められる。そうなれば「当初想像した仕上がりと違う」、「メガネをすると疲れる」といった見た目や機能面での不満が出かねない。

同社では、良いものを大切に、永く快適にお使いいただきたいという想いからアフターケアにも力を入れている。結果、お客様の紹介や口コミでの来店客が増加しており、高い加工技術やサービスを担う人材育成の成果が出ていることがわかる。それらの努力のなかでも、特にサービスや売上向上に貢献しているのが、DX への取り組みだ。

FAX を LINE にする形だけのデジタル化ではダメ 。こだわり抜いたデジタル化

近年、中小企業でもデジタル化への取り組みは積極的に行われており、FAX によるコミュニケーションは大幅に削減されている。同社でも複数店舗展開した当初は、ある店を利用した顧客が別の店舗に来店するの際などは、店舗間で FAX を使った紙カルテの情報共有を行なっていた。その後 LINE によるコミュニケーションが一般化し、FAX から LINE へと通信方法が置き換わったが、その顧客の紙カルテを持っている店舗にとっては 3 万以上の顧客カルテの中から該当のものを探す手間は変わらない。一方、カルテが送られてくるのを待つ店舗側も、その時間お客様を待たせることになる。このため、電子カルテへの移行も検討したものの、眼鏡店向け顧客管理ソフトはカスタマイズの自由度がなく、画一的な運用しかできないアプリケーションであった。同社の目指すアプリケーションとは方向性が異なっており、また複数店舗へ導入する場合の投資費用も大きく、納得できるものではなかった。

来店する顧客の多くは年齢層が高いため、本人の目の前で店舗スタッフが PC へカルテを入力するよりも紙カルテに手で記入したほうが安心され、スタッフもコンシェルジュ業務に集中できる。このため、紙をスキャンして画像を電子カルテの中に保存することが一番だという結論に至ったという。

また、人材を育成するうえで、紙への記入とスキャンという方法は、入力ミスや転記ミスをなくすための 1 つの解決方法にもなる。紙という限られたスペースに誰にでもわかる情報を記録しなければならないため、記入するのは必然的に必要な項目のみに絞られる。電子カルテでは入力するフィールドを増やすことは簡単だが、やみくもに入力項目を増やせば、入力する時間や確認項目も多くなる。スタッフの判断力の育成や効率化を重視した結果、「入力項目を増やさずに、アナログはアナログで。」とナカハラ流のデジタル化に落ち着いた。

FileMaker で開発された スマイルビジョン:スキャンしたカルテ画面

さまざまな機能を実装できる FileMaker

例えば、全国の眼鏡店が同じ IT システムを使うことで、低コストで画一的なサービスを提供することは可能だ。しかし、それぞれ会社の抱える課題や目指すビジョンが同じとは限らない。経営者として優先すべき課題やビジョンは人それぞれ異なる。同社も、他の眼鏡店とは違う「世界からワンランク上の上質なアイウェアのみ」をセレクトすることを目指している。だからこそ、IT システムも独自にこだわり抜いたシステムにしたかった。せっかく IT システムを導入しても、カスタマイズができず成長できないシステムや、高額なカスタマイズ費用がかかるシステムでは成長軌道を描けない。そんな思いで IT システムを作るプラットフォームから探し始めて出会ったのが、Claris FileMaker だったという。2017 年に熊本県の Claris の認定パートナー である 株式会社リアルワークス と共に自社の基幹業務システム「スマイルビジョン」の開発に着手し、顧客カルテ、在庫管理、売上分析などの機能を次々リリースしていった。

FileMaker で開発されたさまざまな機能

小さく産んで大きく育てるアジャイル開発

中小企業にとって自社にぴったりの基幹業務システムを構築することは、費用面だけでなく、業者とのシステム設計の打ち合わせなどの拘束時間の長さという点でもハードルは高い。その課題を解決したのが、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker と、その開発を地元密着で伴走支援する Claris パートナー、株式会社リアルワークスの戸田 博公氏の存在だ。

戸田氏が依頼されたのは、ナカハラ流の在庫管理システムの構築だった。単なる商品管理・在庫金額の確認だけではなく、仕入れ・販売をブランド別や店舗別などに自在に一気通貫で見られること。経営者の視点、店長の視点で分析ができることが要件だったという。

D-Eye Nakahara megane 光の森 店長の 中原紘司氏は、

「スマイルビジョン(FileMaker)を使うことで、滞留している商品を店長同士で話し合いながら他店へ移動して販売することができるようになりました。ある店舗で 6 か月在庫になっていたものが、他店で他スタッフが販売するとすぐに売れることもあります。新商品の仕入れも大切ですが、会社全体の在庫をどう有効に活用していくかもシステムによって明確になりました」という。

また、スマイルビジョンは新人の接客の質向上にも大きな成果を上げているという。

「ご来店いただくお客様のなかには、予約なしでお名前をお伝えされないケースもあります。新人がその方を接客するときに他の社員も接客中でヘルプできない場合など、お名前を確認しづらいこともあります。そんなときには、メガネを洗浄しているあいだに、フレームと度数のデータからスマイルビジョンで検索してお客様のお名前を特定することができます。同時に リピーターのお客様かどうかを画面の色で判断することができます」

FileMaker で開発された スマイルビジョン : 店舗間の在庫移動リスト画面

D-Eye nakahara 2 階にある子ども眼鏡コーナー

子ども眼鏡ブランドの誕生

2022 年 4 月には、子ども用眼鏡専門店の「omodok 表参道 Living」を開店。「omodok」は、子ども用のおしゃれな眼鏡を提供するブランドで、未就学児から中学生までの子ども向けの高品質な日本製の眼鏡を取り扱っている。omodok は、活発な子どもの活動を想定し、柔らかくてずり落ちにくいシリコン鼻パッド、こめかみに当たるテンプル(つる)に弾力性のある植物由来の素材を採用する、ネジは緩みにくい樹脂巻特殊ネジ使用するなど、見えない細かい部分にもこだわって作られており、デザインと信頼性を追求した子ども用眼鏡を提供している。

新しいブランドや事業を展開する際、新しいシステムの導入や大規模なシステム改修の心配をせずに横展開できる安心感は、ビジネスを後押しする。FileMaker はビジネスの成長とともに進化できる点でも同社にぴったりのプラットフォームだった。

実際に omodok を 手にとった保護者にテンプル(つる)の弾力性を説明

顧客中心のアプローチ

量販店がシェアを拡大するなかで、セレクトショップが生き残るために今後なにが重要なのかについて尋ねると、同社取締役の松岡 洋平氏は同社の顧客中心のアプローチについて説明してくれた。

「一般的な量販店では自分で眼鏡を選ぶのが一般的ですが、サイズ感や度数によって見られ方も変わってくるので、出来上がってみるとレンズが厚くなってしまったり目が小さく見えてしまったりするケースもあり、自分でなかなか選べないお客様も多いのが実情です。D-Eye では フレームやレンズの特性を知り尽くした私たちからスタイルをいくつか提案して、そのなかからセレクトしていただくことが多いので、出来上がりに違和感がなかったり、時折雰囲気を変えていただくものを提案したりと、セレクトショップならではの対応が可能です」

さらに店長の中原氏は、同社が提供するユニークな店舗体験を語る。

「当店にいらしたお客様のニーズに合わせた丁寧なコンサルティーションができる予約制のラウンジ ROOM 121 では 国内・海外ブランドを入れてグループ全店約 5,000 本のストックの中から、お客様に最も合うアイウェアをプロ目線で事前にご用意しています。スタイル、見え方、かけ心地、気持ちまでジャストフィットするように調整させていただいております。ただ、接客をする上でとても重要なのはデータです。他社にはない独自のデータを駆使した『スマイルビジョン』を導入したことで、全店舗の在庫状況を確認し、お客様の購買データを全店舗で閲覧できるようになりました。お客様の志向を確認して商品を仕入れたり、メーカーとして製造をしているので新しい提案もしやすくなります」

品質、独占性、優れたショッピング体験を求める顧客を引きつける取り組みは、店舗設計・品質・人材・特化したサービスなど複合的な要素が重要だ。そして、それらを導くうえで自社の業務に即したカスタム App と、システムを支える地元に密着した Claris パートナーは必須なようだ。

顧客を引き付けるセレクトショップの運営には、独自に成長するカスタム App がベストな選択だと株式会社ナカハラの取り組みから学ぶことができた。

左からリアルワークス 戸田氏、D-Eye nakahara 店長 中原氏、取締役 松岡氏

【編集後記】

世界各国からセレクトしたオシャレな眼鏡が並ぶ D-Eye nakahara megane。在庫管理には慎重な戦略が求められる。限られた店舗スペースで最大限の魅力ある体験を顧客に提供するためには、トレンドを反映した商品や独自性の高いアイテムを厳選し、在庫の回転率を高めることが肝心だ。顧客ニーズを的確に捉え、店舗間で定期的な商品の入れ替えを行うことで、新鮮な品揃えを維持し、顧客の関心を引き続けることができる。スマイルビジョンが今後も成長するアプリとして変化し、そこからどんな新しいサービスや製品が生まれるのか、これからの彼らの戦略が楽しみだ。