事例

中小企業こそ仕事の自動化を。企業間連携でさらなるDXへ

四国の小さな会社がバックオフィス業務の刷新に着手した。その取り組みは取引先の卸売会社にも波及。さらに、両社が同じ FileMaker でシステムを構築していたことから、受発注データの連携までもが実現した。システム化によって何が変わり、今後どこに向かうのか。システムを導入した樋口工業有限会社 代表取締役 樋口 隆仁 氏および株式会社マルテツ 代表取締役 森高 浩嗣 氏と、両社のシステム開発をパートナーとして支えたエーアールシステム株式会社 代表取締役 長町 和俊氏に話を聞いた。

Excel による管理業務では限界

香川県で水道工事などの一般建築管工事を行う樋口工業有限会社は、従業員が 20 名以下の小さな会社だ。少人数なのでバックオフィス業務に多くの人員を割くわけにはいかず、伝票の入力といった単純作業以外、ほとんどの管理業務を社長である樋口氏が 1 人で行っていた。当時の様子を樋口氏は、「原価管理や給与計算は、約 20 年前から Excel で管理してきました。しかし、Excel は半年程度データが蓄積すると挙動が怪しくなったり、ファイルが壊れたりして困っていました」と語っている。

そこで地元の商工会に相談したところ、専門家派遣制度(エキスパートバンク)により IT コンサルタントを派遣してもらうことができた。コンサルタントよりシステム構築を勧められ、紹介されたのが県内にあるエーアールシステム株式会社の長町氏である。長町氏は 90 年代から Claris FileMaker でシステム開発を行っており、2012年には Claris の認定パートナーを取得。知識も経験も豊富だった。樋口氏の課題を聞いた長町氏は、「FileMaker なら簡単にできますよ」と即答。FileMaker によるシステム開発が始まった。

FileMaker のプロの協力により大幅な自動化を推進

開発はプロトタイプを修正しながら作りこんでいくアジャイル開発で敢行した。入力画面は 1 、2 か月で作成。使いながら機能を増やし、細かなチューニングを続けて、2019 年 11 月に第 1 段階のシステムが完成した。開発期間は約 1 年間。開発について長町氏は、「樋口社長がデータの流れを把握し、目的をしっかり持っていたのでスムーズに開発できました。中小企業のアジャイル開発の理想形だと思います」と語っている。

樋口氏自身、Excel は使い込んできたが、システムにも詳しいわけではない。FileMaker の存在は知っており自作でのシステム開発はある程度ならできるとは思ったものの、構築は完全にエーアールシステムに任せることにした。「簡単なものなら自作できますが、プロはスピードも精度も違う。やはり事業のシステム構築・デジタル化はプロに任せたいと考えました」(樋口氏)

現在は、工事原価管理、現場管理、予定の調整、労務管理・給与計算などが FileMaker 上で動いている。まず案件が発生すると案件名を付け、現場、顧客、内容、担当者といった基本情報を入力する。その情報に基づき見積書を作成。資材情報や工事の実績を入力し、最終的に請求書を作成する。これらの過程で入力された各種データは、原価管理や給与計算などに活用される。

新システムの稼働により、管理業務が楽になったと樋口氏は次のように語っている。「これまで Excel が壊れると復元して作り直す必要があり、大きなロスが発生していました。当然バックアップも必須です。しかし、FileMaker になってからは、そんなことはなくなりました。Excel の 3 倍くらい自動化できたようにも感じています」。

また、従来 Windows PC を使ってきたが、FileMaker 導入を機に最新の Mac に切り替えたところ、処理性能の高さに驚いたという。「これまでなら 1 日で終わらなかった処理が、終わるようになりました。性能の違いに驚きました」(樋口工業 樋口氏)

FileMaker と最新の Macを駆使し日々の業務をこなしている(樋口工業 樋口 隆仁氏)

取引先も FileMaker プラットフォームで効率化

樋口工業の取引先で、配管資材・住宅設備機器卸の株式会社マルテツ(香川県)は、これまで受発注をすべて紙で処理していた。受注すると手書き伝票を起こし、台帳に記入。締め日にまとめて請求を起こす。当時の在庫点数は約 8,000 点、取り寄せ品を含めると 15,000 点にも及ぶ。

FileMaker 導入以前のマルテツ事務所。膨大な紙媒体の資料を手書きで管理していた

「当社では Excel で在庫管理していましたが、しばしば元帳と在庫数が合わないという事態が起きていました。商品は毎日売れるものから、毎週売れるもの、 1 か月に 1 回出るかどうかまで、それぞれ発注頻度が異なります。その適正在庫の管理は経験と勘に頼っており、的確な発注は困難でした。

さらに、 勤続 20 年以上の業務に精通したベテランが退職し、問題を抱えていました」と森高氏は当時を振り返る。これらの穴を補う意味でも、株式会社マルテツはシステム化を決断。樋口氏にエーアールシステム株式会社を紹介してもらい FileMaker によるシステム開発に着手した。

株式会社マルテツは、エーアールシステム株式会社の FileMaker プラットフォームによる開発されたパッケージ「受発注・販売管理システム」を導入。使いながら自社業務に合わせてカスタマイズを行った。当初は紙伝票と並行して利用していたが、2021 年 4 月からは紙伝票をなくすことに成功している。現在は、見積、受注、納品、請求といった販売管理をシステムで管理。来年度は仕入れや在庫管理もシステム化する予定だ。

エーアールシステム株式会社が FileMaker プラットフォームで開発したパッケージ「受発注・販売管理システム」をカスタマイズしたマルテツ受発注管理システム

システム導入の効果を森高氏は、「これまでの勘に頼った発注からデータ分析に基づいた発注が可能になりました。また、従来は社員が長時間紙の分厚いカタログを見ながら伝票を記入していましたが、その作業もなくなり、業務を楽に早く終えるようになりました」と語っている。

数万点の商品は全てマスタ化しランク別の単価を設定。顧客マスタにその顧客がどのランクに該当するかを設定することで単価を自動設定することができた

セキュリティを担保しながら受発注データを連携

取引関係にある両社が、同じ FileMaker プラットフォーム上でシステムを構築したことで、新たな展開が生まれた。受発注データの連携である。この取り組みを始めたきっかけを樋口氏は、「以前は手書き伝票を、社内でシステムに手入力していました。こっちが客なのに、これは理不尽だと思いましたね」と笑う。

基本的に発注は担当者が行うが、管理者からすると別の資材が望ましいと感じるケースもある。しかし発注から紙伝票が来るまではタイムラグがあるので、即時取り消し伝票を起票できなかった。受発注データが連携すれば、発注側からも即時に何が発注されたか判るので、このようなケースにも迅速に対応できるようになる。

データ連携の仕組みは次の通り。樋口工業の現場担当者は通常現場に向かう前、朝早くにマルテツに寄り資材を発注する。注文を受けたマルテツでは、資材名や数量と同時に、樋口工業の担当者名と現場名を入力する。その際 4 ケタのプロジェクト番号を入力するだけで、樋口工業のマスタデータから担当者名と現場名などを引き当てられるようになっている。マルテツに発注したデータは樋口工業に送信されるので、発注品目を即時確認可能だ。

企業間でデータを連携する場合、最大の問題はセキュリティの担保とデータの真正性である。今回の連携において、その部分を担ったのがエーアールシステム株式会社である。第三者の専門家が間に入ることで、利便性とセキュリティの両立を可能にした。開発について長町氏は、「FileMaker 同士なので技術的には簡単ですが、企業間のデータ通信を担保する立場で中立的な第三者が入らないと、実現は難しいでしょう」と語る。

データ連携の効果を森高氏は、「ライバル会社ではなく、確実に当社に発注してもらえることが最大のメリットです」と笑う。また、樋口工業のマスタからデータを取り込むことで、入力ミスもなくなった。一方の樋口工業は、社内の入力時間がゼロになり大幅な効率化が実現し、かつ発注品を迅速に把握できる点を高く評価している。

現時点では月末にマルテツから樋口工業に対し紙伝票を送付しているが、2022 年 1 月には電子帳簿保存法が改正され、帳簿に関わる請求書類などは FileMaker プラットフォーム上で保存されるため、近々紙は完全になくす方針だという。

バックオフィスの全自動化や入力作業の省力化を目指す

今後について樋口氏は、次のように語っている。

「仕事の内容をすべて FileMaker で管理できるようにしたい。基幹業務システムの拡張を計画しています。未着手の管理会計、借入金マスター、リース案件マスター、社会保険管理などを現在のシステムに組み込みます。最終的に目指すのは、バックオフィスの全自動化です。

さらに、iPhone で業務の見える化を目指しています。会社が従業員を正しく評価する仕組みは必要です。人の能力は各々違うので、全員に同じ結果を期待するのではなく、各自が現在の 5% アップを目指す。それが達成できれば会社は存続できるし、個人のボーナスアップにもつながります。そのためにも FileMaker と iPhone を連携して様々なデータを収集し、できるだけ正確に個人の働きを評価できるしくみを作りたい。これまでの取り組みで、これくらいはできそうだと感じています」

一方で、森高氏は、入力方法を改善したいと考えている。顧客である職人は、基本的に朝資材を買いに来るため、かなり混雑し、 1 人で数人を接客することも少なくない。そうなるとその場で画面に向かって入力するのが難しく、一旦紙に書いた後に手入力することになる。マスタデータが整備されているので、カタログを見て書いていた頃に比べれば入力は速いものの自動入力は実現できていないため、「紙に書いた注文を写真で撮影すると、そのまま入力されるような仕組みをつくりたい」と語る。

両社のシステム構築とデータ連携を支えてきたエーアールシステム株式会社 長町氏は、今回のシステムの他社への横展開を目指す。樋口工業のシステムは、一般建築管工事業ならほとんどそのまま、他の建築業でも多少手直しをするだけで、すぐにデータ活用が可能になるからだ。

「全国の建設業に樋口工業のシステムを使ってもらい、マルテツさんで資材を買ってもらいたい」と長町氏。

地方都市の小さな企業で始まったデジタル化は、今や企業間連携にまで発展しDXへと変化しつつある。まさに、DXの本質であるデータと技術を活用して競争上の優位性を確立することにつながっていく。

左から、長町 和俊 氏(エーアールシステム)、森高 浩嗣 氏(マルテツ)、樋口 隆仁 氏(樋口工業)

【編集後記】

樋口工業とマルテツは、いずれも表計算ソフトで留まっていたデータ活用を大きく発展させた。経営者が確固たるビジョンを持っていることと、それを実現する手段を手に入れたことが大きい。すなわち、高度なアプリケーションを構築できイノベーションを可能にする FileMaker と、その開発に豊富な知識と経験を持つ長町氏の存在だ。基幹業務システムの構築も小さく使いながら便利な機能を追加し大きく育てている点は、重要な成功要因であろう。基幹業務システム導入に踏み切れないていない、もしくは古いシステムに縛られている中小企業が多い日本企業が参考とすべき事例なのかもしれない。さらに、今回のような企業間のデータ連携のスタイルが広まっていけば、小規模な企業が多い日本の建設業の業務や働き方の改革に大きく貢献する可能性が十分にある。これからの活躍に期待したい。