事例

札幌東徳洲会病院が Claris FileMaker で切り拓く、診療と研究の新しいかたち

目次

  1. IBD という病気を、正しく知ることから始まる
  2. 患者に向き合うためにチーム医療を重視
  3. 診療の質を高める鍵は、「患者の声」の蓄積
  4. 医療現場の壁、電子カルテだけでは届かない領域を埋める FileMaker
  5. Claris パートナーの支援が、構想を前進させる
  6. 目指すのは、患者一人ひとりの「治療マップ」
  7. 医療現場が FileMaker を使いたくなる理由

札幌東徳洲会病院の IBDセンターは、炎症性腸疾患の診断と治療を行うための専門科で、2008年の開設以来、外来患者のさまざまな診療データを長年にわたり管理している。治療法がまだ確立しておらず、長期にわたる療養が必要な炎症性腸疾患では、薬物療法による長期的な管理が必要だ。そのための患者データの管理ツールとして同センターでは Claris FileMaker が長年にわたり運用されている。

1. IBD という病気を、正しく知ることから始まる

「IBD(Inflammatory Bowel Disease)」とは、日本語で「炎症性腸疾患」という。代表的な病気は潰瘍性大腸炎とクローン病で、腸に慢性的な炎症が起こり、腹痛、下痢、血便、発熱、体重減少など、患者ごとにさまざまな症状が現れる。札幌東徳洲会病院 IBDセンター長の前本篤男医師は、IBD を「単なる腸の病気ではなく、免疫とも深く関わる病気」だと説明する。腸は食べ物を消化吸収する臓器であると同時に、体を守る免疫の最前線でもある。その免疫の働きが何らかのきっかけで暴走し、本来なら起こらないはずの炎症が長く続いてしまうのが IBD の本質だという。

IBD は、症状を抑え、炎症を落ち着かせ、再燃を防ぎながら、何年、人によっては何十年と付き合っていく慢性疾患である。前本氏は、完治というよりも「寛解(かんかい)を維持し、患者さんが自分らしく生活できる状態を長く保つこと」が診療の大きな目標だと語る。

2. 患者に向き合うためにチーム医療を重視

札幌東徳洲会病院 IBDセンターに現在通院している患者数は約 1,500〜1,600 人で、そのうち潰瘍性大腸炎が約 1,000人、クローン病が約 500 人。累積では 2,000人を超える患者を診てきた。患者の多くはこの 2つの疾患で占められ、北海道における IBD 診療の重要な拠点の一つとなっている。

同センターの強みは、専門的な診断だけではない。

潰瘍性大腸炎は血便が比較的目立つため受診につながりやすい一方、クローン病は腹痛や下痢、発熱などが中心で、胃腸炎と見分けにくく診断までに時間がかかることも少なくない。それらを的確に診断し、できるだけ早く適切な治療を選び、その後も患者の状態を長期にわたって見守り続ける。IBD は食事、仕事、学校、家庭生活、精神的ストレスまで病状に影響しうるため、診療は“その日その時”だけでは完結しない。前本氏は「外来で話を聞いているだけだと、漏れてしまう項目がある」と、看護師、薬剤師、栄養士など多職種が関わるチーム医療の重要性を強調する。患者本人だけでなく、保護者や周囲の支援者まで含めて支える視点が、このセンターには根づいている。

3. 診療の質を高める鍵は、「患者の声」の蓄積

IBD の診療で重要なのは、検査値だけではない。患者の疲労度、病気が外出や人付き合いにどの程度影響が出ているか、気持ちが落ち込んでいないか。そうした日常生活の変化は、病状を理解し、治療方針を考えるうえで欠かせない情報になる。そこで札幌東徳洲会病院 IBDセンターが早くから取り組んできたのが、Claris FileMaker を活用した患者参加型のデータ収集だ。

同センターでは、患者が診察前の待ち時間に iPad などを使い、QOL(生活の質)に関する質問票へ自ら回答するようになっている。その仕組みを構築しているのが FileMaker だ。設問は国際的に認められた IBD 向け質問票を簡素化したもので、疲労感、腹痛、人付き合いへの影響、気分の落ち込みなど 10 項目ほど。タッチ操作で 1〜2分程度あれば回答でき、結果は時系列で蓄積され、グラフで確認できる。医療者は前回と比べた変化を把握しやすくなり、患者自身も「思ったより良くなっている」「少しずつ悪化している」と客観的に認識しやすくなっている。

この仕組みは 18年にわたって継続されており、すでに 10万件以上のデータが蓄積されている。蓄積された情報は日々の診療に活用されるだけでなく、疾患活動性との相関の調査などの研究にもつながっている。単なる入力画面ではなく、現場で必要な情報を、現場のやり方に合わせて集め、見える化し、活用し続けられること。その柔軟性が、医療機関や研究者にとっての FileMaker が重用される理由だ。

4. 医療現場の壁、電子カルテだけでは届かない領域を埋める FileMaker

IBD 診療では、QOL に加え、採血結果、疾患活動性指標、薬剤ごとの効果、副作用、画像所見など、長期に追うべき情報が膨大にある。だが、いくら電子カルテに情報が蓄積されていても、それを研究や高度な診療支援に使いやすい形で取り出せるとは限らない。必要項目を絞って CSV で出力しても、10年分の経過を時系列で並べたり、薬剤ごとに評価しやすい形へ整えたりするには、なお多くの手作業が必要になる。前本氏は、電子カルテの中に「宝」がある一方で、それを十分に活用できないと、もどかしさを率直に語っている。

そこで FileMaker が生きる。FileMaker は電子カルテに置き換わるものではなく、電子カルテだけでは扱いにくい情報を、診療や研究など、目的に合わせて再構成するための基盤として機能する。実際、同センターでは、薬剤ごとの投与週数、CRP、副作用、効果判定などを 1件ずつ整理し、臨床研究に耐えうる形でデータ蓄積している。例えば、「この時点を 8週目データとして採用する」と人の目で判断しながら整えていく作業は、パッケージ化された既製のシステムでは対応しにくい。だからこそ現場の方針に合わせて臨機応変に設計できる、ローコード開発ツールの FileMaker が力を発揮する。慢性疾患の診療や研究において、現場主導でシステムを育てられることは、想像以上に大きな意味を持つ。

5. Claris パートナーの支援が、構想を前進させる

この取り組みを支えているのが、Claris パートナー DBPowers (札幌市)の有賀啓之氏だ。医学研究所の外部資金や助成金管理システムの構築に携わり、システム全体では数年、IBD 領域では約 1年半にわたり技術的支援を行っている。

有賀氏の貢献は、単にシステムを“作る”ことにとどまらない。前本氏たちが長年蓄積してきたデータや運用の意味を理解し、どこを自動化すれば現場の負担が減るのか、どこを残すべきかを現場と一緒に考えながら改善を進めている。例えば、これまで手作業で行っていた集計処理を簡素化する方法を助言したり、古い構造のデータベースを新しい考え方に合わせて見直す後押しをしたりと、伴走型の支援が続いている。「私の知見で作り上げてきたシステムは、ファイル構造がいわゆるスパイダー形式(蜘蛛の巣状態)でしたが、有賀さんから今風の考え方を教示してもらい整理されたテーブルオカレンスに変えていく作業を一緒に行っています」(前本氏)

医療者の発想と、技術パートナーの実装力が結びつくことで、FileMaker は単なるツールではなく、現場に根づく仕組みへと進化していく。

6. 目指すのは、患者一人ひとりの「治療マップ」

前本氏が今後の理想像として語ったのが、患者一人ひとりの「人生の治療マップ」だ。いつ、どの薬を使い、どの時点で改善し、どこで再燃し、次にどんな選択肢があるのか。CRP などの検査値や症状の変化が時系列で可視化されれば、患者にも医療者にもわかりやすく、より納得のいく治療につながる。今はまだ構想段階だとしながらも、前本氏は、データがリアルタイムに活用できれば診療はもっと良くなると確信している。

札幌東徳洲会病院 IBDセンター長 前本 篤男医師

そして、その構想の根底にあるのは、「病気の診療をその日のやりっぱなしにしない」という考え方だ。前本氏は、データベース整備の意義を「長い人生をサポートするための武器」「道標」「道案内」と表現した。やみくもに治療を続けるのではなく、患者ごとの情報を積み上げ、より正しく、より早く、より長く良い状態を維持するための根拠にしていく。その思想は、IBD に限らず、喘息や糖尿病など、あらゆる慢性疾患診療にも通じるだろう。

7. 医療現場が FileMaker を使いたくなる理由

札幌東徳洲会病院 IBDセンターの取り組みは、Claris FileMaker が医療現場で果たせる役割を端的に示している。現場の課題に合わせて画面や項目を変えられる柔軟性、患者の声を直接集めて可視化できる即応性、診療と研究の両方に耐える形へ育てられる拡張性。これらは、既製のパッケージにはないものだ。FileMaker の優位性は、完成品を押し付けることではなく、現場と一緒に成長できることにある。患者のために、研究のために、そして医療者自身の判断を支えるために、必要な仕組みを自ら育てていける。札幌東徳洲会病院 IBDセンターの挑戦は、その可能性を力強く示していた。

【編集後記】

取材を通じて強く印象に残ったのは、前本氏が FileMaker を「便利な業務ツール」としてではなく、患者の長い人生に伴走するための「根拠に基づいた治療方針を最適に導くためのツール」として捉えていることだ。難治性の慢性疾患では、診療の正しさはその日の判断だけでは測れない。過去から現在までを見渡し、次の一手を考えるための情報基盤が必要だ。札幌東徳洲会病院 IBDセンターの取り組みは、医療 DX の本質が派手な技術導入ではなく、現場に根ざした地道な実装と継続にあることを、改めて教えてくれた。