目次
- 「1/1000ミリの誇り」を守る。熟練技術を未来につなぐデジタル化
- 開発のブラックボックス化を防ぐ。内製とプロの支援で自走へ
- 梱包ミスゼロと探索ロス解消。“現場主導”がもたらした変革
- データを経営の武器に。パートナーと描く次のステージ
群馬県高崎市に拠点を置く株式会社山岸製作所は、金属の切削加工において 1/1000ミリという極限の精度を追求する精密加工のプロフェッショナル集団だ。同社の技術は、自動車部品から宇宙防衛、航空機、半導体関連の部品に至るまで、現代社会の根幹を支えるハイテク産業で活用されている。
しかし、その卓越した技術力を誇る現場では、情報共有のデジタル化が思うように進んでいなかった。ベテラン職人の頭の中に蓄積された膨大なノウハウや、現場で飛び交う紙の指示書。これらを現場の全員にわかるよう可視化し、組織の資産として継承していくことは一筋縄ではいかない。この難題に立ち向かったのが、同社の常務取締役 山岸 勇公氏だ。
山岸氏は、自社に専任の IT 人材がいないという状況で、Claris FileMaker による内製開発という道を選択した。そこには、過去のシステム導入時に味わった苦い経験と、現場を知る人間だからこそたどり着いた独自の DX 戦略があった。同社を支える Claris パートナー、株式会社イエスウィキャンの支援を受けながら、どのようにアナログな現場をデジタルで変革していったのか。その挑戦の軌跡を追う。
1. 「1/1000ミリの誇り」を守る。熟練技術を未来につなぐデジタル化
株式会社山岸製作所の強みは、髪の毛の太さの数十分の一にも満たない 1/1000ミリ単位の加工精度を安定して供給する技術力にある。かつては自動車のベアリング部品を中心に扱っていたが、現在では航空機や宇宙防衛、半導体分野など、専門性が求められる領域へと事業を拡大している。
しかし扱う製品の難度が上がるほど、現場では「情報」の重みが増していった。従来の同社では、図面や加工手順、あるいは過去に発生した不具合の対策といった重要情報の多くが、現場を仕切る班長やベテラン職人の頭の中に留まっていた。
「あの人にしかわからない」というのは、そこだけ取り上げるとその職人が頼もしく思える状況だ。だがその状況は、組織としてはリスクが高い。担当者が不在になれば業務が停滞し、重要な技術であるにもかかわらずその継承もままならない。紙の手順書は存在していたものの、膨大な資料の中から必要な 1枚を探し出す手間は、現場のスピード感を削いでしまっていた。
山岸氏は、「現場の班長たちに、自分たちで情報を自由に取り出し、ときには現場の気づきを書き込める“武器”を渡したかった」と語る。制御設計や機械設計にも携わる山岸氏。品質を維持するためには属人的な管理から脱却し、誰もが同じ基準で判断できる仕組みが不可欠だと確信していた。
山岸氏が目指したのは、単なるペーパーレス化ではない。現場の知恵という「暗黙知」を、デジタルという「形式知」へ変換し、組織全体の力へと昇華させることだ。「1/1000ミリの誇り」を次世代へつなぐため、同社のデジタル変革は山岸氏自らが FileMaker による開発のタクトを振るう形で幕を開けた。
2. 開発のブラックボックス化を防ぐ。内製とプロの支援で自走へ
山岸製作所が FileMaker を選んだ背景には、過去の苦い経験がある。以前、外部委託や特定の個人に依存して構築したシステムが、担当者の退職によってメンテナンス不能となり、いわゆる「ブラックボックス化」してしまったのだ。
「多額の費用をかけてシステムを作っても、自分たちで直せなければ意味がありません。現場の状況は、刻一刻と変わります。そのスピードに合わせて、システムも成長させる必要があるのです」と山岸氏は考え、あえてプログラミングコードを記述する開発手法ではなく、現場に近い人間が直感的に改修できるローコードツールとしての FileMaker に注目した。
株式会社山岸製作所 常務取締役 山岸 勇公氏
ツールの選定にあたっては、さまざまな選択肢を検討した。以前使用していたデータベースツールは、PC 上での操作には長けていたが、現場で活用する iPad との親和性に欠けていた。また、他のクラウドツールも検討対象に挙がったが、カスタマイズの自由度や、やりたいことを実現する際に追加コストがかさむ点がネックとなった。
その点、FileMaker は iPad のカメラ機能を標準で活用でき、現場での直感的な操作感に優れていた。何より「自分たちで作れる」という確信が持てたことが大きかった。山岸氏は動画教材や Claris が提供するオンライン学習コースを活用して独学でスキルを習得し、自ら開発の先頭に立った。
しかし、開発は自分たちで行えても、サーバの運用やインフラの管理には専門的な知識が必要だ。そこで同社が頼ったのが、Claris パートナーである株式会社イエスウィキャンだった。同社が提供するクラウドサービス「YFMcloud」を採用することで、セキュリティやインフラ周りの不安を解消。開発そのものは山岸氏が主体となって進めつつ、技術的な行き詰まりやサーバの安定運用については、株式会社イエスウィキャン 取締役 池田 純平氏をはじめとするプロフェッショナルが黒子として支える。
この「自分たちで作り、プロが支える」というハイブリッドな体制こそが、持続可能な DX を目指す山岸製作所の最適解となったのである。
3. 梱包ミスゼロと探索ロス解消。“現場主導”がもたらした変革
山岸製作所のシステムが現場にもたらした最大の成果は、品質管理の精度の向上だ。特に、製品の検査工程での「梱包形態の指示」は劇的な変化を遂げた。
多種多様な精密部品を扱う同社では、製品ごとに異なる複雑な梱包ルールが存在する。以前はベテランの記憶に頼る部分が大きく、まれに指示の取り違えが発生していた。しかし、FileMaker で構築した指導書管理システムを導入したことで、状況は劇的に改善した。
指導書管理システム
iPad でボタンをタップすれば、最新の図面とともに梱包の状態を写した写真、さらには過去の不具合事例までが即座に表示される。視覚的に“正解”を確認できるようになったことで、システムの導入以降、梱包不備によるクレームは一度も発生していない。「梱包ミスゼロ」という成果は、まさに製造業におけるデジタルの優位性を象徴しているといえるだろう。
指導書の画面。製品ごとに明解な手順が記載されている
さらに、現場の生産性を著しく向上させたのが「素材のロケーション管理システム」だ。
同社では複数の倉庫にまたがって膨大な種類の金属材料を保管しており、どこに何があるかを正確に把握している者が限られていた。急ぎの案件が入るたびに、業務知識が豊富な現場リーダーが複数の倉庫間を飛び回り、材料を探すためだけに多く時間を費やしていた。熟練者の貴重な時間が「探しもの」に消えていくことは、目に見えないが大きな経営コストだったのである。
山岸氏はこの課題を解決すべく、自らロケーション管理アプリを開発した。棚の番号と材料を紐付け、iPad から検索可能にしたことで、探しものに費やす時間は最小限となった。リーダーは本来注力すべき技術的な業務に専念できるようになり、工場全体の回転率向上に直結している。
FileMakerがもたらす変革は、製造現場にとどまらない。デジタル変革の波は営業部門にも及んでいる。営業担当者個々の管理に委ねられていた顧客情報を FileMaker に集約。「3か月以上接触がない顧客」を自動でリストアップするアラート機能を実装したことで、適切なタイミングでの展示会案内や状況伺いが可能になり、営業活動における「忘れ」が根絶されたのだ。これにより、既存顧客からの見積依頼の取りこぼしがなくなり、リピート案件の獲得に大きく貢献している。
また、こうしたシステムの多くが、現場の不便を自ら解決しようとするボトムアップの動きから生まれた点も特筆すべきだ。例えば、ある社員が検査業務の効率化のために自作したプロトタイプが、今や会社全体のインフラへと成長したケースもある。
現場を熟知する人間が、自分たちのために作る。その「内製」の強みが現場の隅々にまで浸透することで、個人の記憶や勘に頼るプレッシャーから社員が解放され、誰もが安心して本来の業務に集中できる環境が整っているのだ。
4. データを経営の武器に。パートナーと描く次のステージ
山岸製作所の挑戦は、まだ道半ばだ。山岸氏は次のステップとして、社内に点在するデータを統合し、リアルタイムで経営判断を下せる「経営ダッシュボード」の構築を見据えている。会計、製造、営業のデータを FileMaker というハブに集約・連携させることで、担当者の経験や勘だけに頼らない、データに基づいた迅速な判断の実現を目指す。
また、特定の個人に開発が依存しないよう、社内での IT 人材育成にも力を注ぐ。誰もが「不便を感じたら自ら解決できる」という文化を醸成することが、組織としての強さに繋がると考えているからだ。
パートナーであるイエスウィキャンとの関係も、単なる保守運用を超えたものへと進化している。新しい技術トレンドの共有や、内製では解決できない高度な課題への助言を受けることで、同社は常に最先端の武器を手にし続けることができる。
これから業務効率化に取り組む企業に対し、山岸氏は「まずは課題をシンプルに捉え、現場のニーズに絞ってスモールスタートすること。そして、ソフトウェアに無理な多機能を求めすぎないこと」を提言する。最初から完璧を目指すのではなく、現場の声に応えて改善を繰り返す。そのアジャイルな姿勢こそが、DX 成功の秘訣といえるだろう。
1/1000ミリの精度を追求する職人の情熱と、デジタルテクノロジーの融合。山岸製作所は、中小製造業が直面する技術継承や生産性向上という普遍的な課題に対し、FileMaker という武器を手に、自らの手で最適解を導き出した。その進化は、これからも止まることはないだろう。
【編集後記】
「現場の不便は現場が一番知っている」。山岸製作所の事例は、この原点を再確認させてくれる。常務自らが開発に携わり、現場の声に即座に応える姿勢が社員の改善意欲を呼び起こした。1/1000ミリという極限の世界で戦う同社にとって、Claris FileMaker は単なるツールではなく、誇りを未来へつなぐための基盤だ。日本のものづくりを支える全国の中小企業の DX 成功の鍵は、ツールの選定以上に「人」に向き合う情熱にあるといえるだろう。