目次
- オランダ企業と独占契約。十勝から世界を見据えるキヌアの旗手
- 「転記の連鎖」が招く、肥料発注ミスやトレーサビリティの限界
- 15分で現場の要望を形に。未経験者が内製で実現した“即時改善”
- 審査員も驚く検索スピード。国際認証を支える「データの信頼性」
- バックオフィス業務も内製化へ。進化し続けるシステムの未来
北海道十勝地方でニンジンの人気品種「アロマレッド」をはじめとする多彩な作物を生産する株式会社とかち河田ファーム。同社は、農協を通さない独自の商流や国際認証 GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ)の取得など、攻めの姿勢が光る先進的な農業経営で知られている。しかし、その成長の裏側は、さまざまな数字の管理を表計算ソフトで多重転記するというアナログな手法で、事務方の負担は限界に直面していた。この状況を打破したのが、現場の担当者が自ら Claris FileMaker で構築したシステムだ。「現場の要望が 15分後には反映される」という圧倒的なスピード感で進化を続ける同社の DX の軌跡を追う。
1. オランダ企業と独占契約。十勝から世界を見据えるキヌアの旗手
日本の食料自給を支える北海道・十勝平野。この地でニンジンやジャガイモ、そしてスーパーフード「キヌア」の生産に情熱を注ぐのが、株式会社とかち河田ファームだ。
同社は農協を通さず、スーパーや小売店へとつながる商社との取引を中心とした独自の商流を構築している。さらに、他農家の作物を預かって選別・出荷を行う「受託選別」も展開。単なる生産者の枠を超え、高度な品質管理機能を備えた農業法人としての地位を確立している。
同社の象徴的な存在であるキヌアは、株式会社とかち河田ファーム 代表取締役 河田 利則氏がオランダの企業「Radicle Crops」社と国内独占栽培契約を締結したもの。十勝の大地で育まれるキヌアは、健康志向の高い消費者層から絶大な支持を集めるブランドへと成長した。
こうした挑戦の根底には「食の安全」へのこだわりがある。13年前に河田氏が家業を継ぐために故郷に帰ってきたとき、河田氏は現場の管理体制に危機感を覚えたという。
「誰がいつ、どの畑で何の作業をしたかの記録が曖昧な状態でした。農業関係者、消費者の皆さまから信頼を得るには、属人的な経験ではなく国際基準に基づく仕組み化が必要だと痛感したのです」(河田氏)
同社は 2020年にニンジンで国際認証 GLOBALG.A.P. を取得。これは食品安全、労働環境、環境保全に配慮した「持続的な生産活動」の実践企業に与えられる。そのうえで徹底した記録管理による差別化を進めてきたが、膨大なデータを扱う運用のあり方そのものが、現場の大きな負担となっていった。
株式会社とかち河田ファーム 代表取締役 河田 利則氏
2. 「転記の連鎖」が招く、肥料発注ミスやトレーサビリティの限界
河田氏が進める「攻めの農業」を支えるのは、精緻なデータ管理だ。しかし、FileMaker 導入前のとかち河田ファームは、多くの企業や農家が陥る「表計算ソフトの罠」に陥っていた。
同社では生産記録や出荷、在庫、土壌分析に基づく肥料設計など、ほぼすべての情報をクラウド上の表計算ソフトで管理していた。現場で入力されたデータは、用途の異なる複数のファイルへとコピー&ペーストされ、転記が繰り返される。この幾重にも連なる「転記の連鎖」が、業務の至るところで深刻なリスクを生んでいたのである。
「以前は現場の生産記録から出荷管理、さらには集計用のファイルへと、手作業でデータを転記していました。しかし、一度データの修正が入ると転記先への反映が漏れてしまったり、誰かが誤って計算式を消してしまったりすることが日常茶飯事だったのです。その結果、データ上の数字と実在庫が一致しなくなり、資材の過不足が頻発するなど、経営上の大きなリスクになっていました」(河田氏)
特に深刻だったのが資材の発注業務だ。同社では毎年、圃場(ほじょう)の土壌分析結果をもとに、区画ごとに肥料や農薬の量を算出している。かつては紙で届いた分析結果を一枚ずつ表計算ソフトに転記し、手作業で積算を行っていたが、そこには常に「数字の狂い」がつきまとっていた。
「転記ミスや計算式の不備で一度数字が狂ってしまうと、発注する段階になっても、その数字が本当に正しいのか誰もチェックできないという状態になっていました。私たちはお客様に対して『農薬や肥料の使用量を制限した特別栽培の基準や、厳しい認証要件に沿って栽培します』と約束をしています。もしデータの不備で基準を満たせなくなれば、その作物は価値を失い、お届けすることができなくなってしまいます。そのリスクが、何よりも怖かったのです」(河田氏)
農業におけるデータの不備は、単なる事務ミスでは済まされない。命ある植物を相手にし、顧客との信頼を礎にするからこそ、1か所の転記ミスが「販売不可」という経営上の死活問題となりかねないのだ。
また、GLOBALG.A.P.の運用においてもアナログ管理は限界を迎えていた。認証維持には出荷ロットから資材履歴を即座に遡れる「トレーサビリティ」が不可欠だが、審査時に特定の記録を求められると、膨大なシートを 1枚ずつ開き、該当データを探すのに多大な時間を費やすこともあった。
この状況を打破するため、河田氏の指示で解決策の模索を始めたのが、2020年に入社し、現在は選果現場の管理とシステム開発を担う塩田 将之氏であった。
3. 15分で現場の要望を形に。未経験者が内製で実現した“即時改善”
とかち河田ファームにおける開発の舵取りを任された塩田氏は、かつてエンジニアとして保守などに携わった経験はあったものの、FileMaker によるアプリ開発については全くの未経験だった。しかし、河田氏からの指示でいくつかの内製ツールを比較検討した結果、「複雑なデータの紐付けやデータベースとしての堅牢性の面で FileMaker が最も優れていると感じた」と FileMaker を採用した理由を語る。
株式会社とかち河田ファーム 塩田 将之氏
塩田氏は 2023年冬、Claris が提供するトレーニング「FileMaker Training」の「基礎編」と「実践編」を受講するために北海道から東京へ足を運び、開発の勘所を掴んだ。しかしいざ実戦に移ると、内製ならではの「壁」に直面する。最初に作ったニンジンの選果管理アプリが、現場から「動きが重く、ボタンも小さい」といった反応が返ってきたのだ。
「現場ではスマートなデザインよりも、視認性と押しやすさが最優先です。現場からの声を聞くたびに、即座にレイアウトを修正しました。今では 15分から 30分後には、修正した最新版のアプリが現場の iPhone で動いている状態になります。この圧倒的なスピード感こそが、次第に現場の信頼を勝ち取っていく鍵となりました」(塩田氏)
アプリの起動画面。色付きのアイコンで親しみやすく、使いやすい UI に変更した
「人参選果管理アプリ」のトップ画面
外部ベンダーに依頼すれば、見積もりだけで数週間を要するが、内製なら朝に出た要望を昼過ぎには解決できる。全社員に iPhone を支給していたことも幸いし、Claris FileMaker Go を通じた導入もスムーズに進んだ。2024年からは Claris FileMaker Cloud も導入し、サーバ運用の手間を排して開発に集中できる環境を整えた。
現在、塩田氏が構築したシステムは単なる記録ツールを超え、同社の経営判断を支える「インフラ」へと進化を遂げている。
4. 審査員も驚く検索スピード。国際認証を支える「データの信頼性」
FileMaker の導入により、とかち河田ファームの業務は劇的に進化した。特に GLOBALG.A.P. 維持に欠かせないトレーサビリティの向上は顕著だ。
出荷ロットから使用資材の履歴を遡る際、かつては膨大な表計算ソフトのシートを数時間かけて探していたが、今は検索ボタン 1つ、数秒で検索できる。認証の要件である「リコールテスト」(残留農薬の違反や異物混入などのトラブルを想定し、出荷した農産物をどれだけ早く正確に追跡・回収できるかを年 1回以上確認する模擬訓練)にも対応できるようになった。
「審査員の方から指定されたロットをその場で検索して提示したところ、『ここまで早く、かつ正確にデータが出てくるのか』と非常に驚かれました。システムを通じてデータの信頼性が客観的に証明されたことで、認証の更新作業も以前に比べて非常にスムーズになりました」(塩田氏)
現場の悩みの種だった資材管理も一変した。独自開発の「農薬入出庫管理アプリ」では、主倉庫だけでなく広大な圃場各所にある「仮置き場」の在庫までリアルタイムで可視化されている。
「以前、現場の担当者が直近の作業の準備のために、あらかじめ一部の資材を畑近くの仮置き場へ移動させたということがあったのですが、その情報はリアルタイムで共有されていませんでした。そのため、事務所では倉庫から資材がなくなったのを見て在庫が切れたのだと判断し、トラブルも起きていました。現在は、誰がいつ何をどこへ運んだかが、アプリを見ればわかります。また、農薬には使用期限がありますが、新しい方から使ってしまうこともありました。現在は、農薬の使用期限もシステムで管理し、先入先出しができ、またアラートが出るようにしたことで、廃棄ロスの削減にもつながりました」(塩田氏)
iPhone で農薬入出庫管理アプリを開いたときの画面。在庫状況もリアルタイムで反映されるうえ、アラート機能もついている
さらに「農業資材所要量積算アプリ」では、土壌分析結果を入力するだけで必要な肥料の量が自動計算される。転記ミスが許されない手計算の重圧から、管理者はようやく解き放たれることとなったのだ。
こうした成功体験の積み重ねは、当初はシステム化に懐疑的な見方もあった現場の意識をも変えていった。アプリの使い勝手が向上し、その利便性が実感されるにつれ、現場からは「次はこんな機能が欲しい」といった前向きな要望が届くようになった。自分たちの手による入力が明日の仕事の正確さを支えているという確かな手応えが、今や組織全体に深く浸透している。
農業資材所要量積算アプリの画面
5. バックオフィス業務も内製化へ。進化し続けるシステムの未来
とかち河田ファームの DX は加速を続けている。2026年には FileMaker Cloud のアカウントを 17名分へ拡張。より多くの社員が、現場でリアルタイムにデータを入力・共有できる体制を整えた。
塩田氏が描く次なる構想は、バックオフィス業務を管理するシステムの内製化だ。「現在は外部サービスを使っている勤怠管理や給与計算、会計なども、将来的に FileMaker へ集約したいと考えています。独自の給与体系などにフィットした仕組みを自社で構築できれば、より経営の実態に即したデータ活用が可能になるはずです」(塩田氏)
一人での開発には不安もあったが、塩田氏は Claris コミュニティの存在に救われたという。「壁にぶつかったら、プロや仲間に頼っていい。独学ではたどり着けなかった高度な機能も、コミュニティでヒントを得て実装できました。プロの知見を借りつつ、自分たちの手で育てるバランスが成功の秘訣だと感じています」(塩田氏)
塩田氏のような内製開発者や、プロが一同に会する Claris の年次カンファレンスも、疑問点を解消する機会としてフル活用しているという。
十勝の肥沃な土壌で育まれる作物は、デジタルという新たな肥料を得て、その価値をさらに高めていく。同社の歩みは、農業の未来を照らす希望の光となるだろう。
【編集後記】
今回の取材で印象的だったのは、「15分で現場の要望を反映する」というエピソードだ。システムは一度作って完成ではなく、現場の状況や人に合わせて変化し続ける必要がある。その変化のなかで、自分たちの手でコードを書き、ボタンの大きさ 1つから議論する。その泥臭いまでのこだわりが、国際認証を支えるデータの信頼性を生んでいた。IT は決して効率化のためだけの冷たい道具ではなく、現場の情熱を形にするための器なのだ。
塩田氏が活用する Claris カンファレンスは、今年は 11月11日(水)〜13日(金)の 3日間、東京虎ノ門ヒルズフォーラムで開催される。内製化を検討している方や、壁にぶつかった内製開発者、伴走支援してくれるパートナーを探している方は、ぜひ参加を検討してほしい。
Claris カンファレンス 2026 について詳しくは特設サイトへ。