
目次
- プロも頼る自動車・バイク配線部品の駆け込み寺
- 「記憶」と「紙」に頼る手法の限界、拡大する事業が直面した課題
- 独学でも柔軟に FileMaker でシステムを構築
- ミス削減システムから EC サイト連携まで幅広く対応
- 人手は半分以下、売上は 1.2 倍に。驚異の導入効果をひもとく
- 次の一手はクラウド化。さらなる安定運用を目指して
自動車やバイクのカスタマイズや修理に不可欠な配線部品。しかしその種類は膨大で、必要な部品を一から個人で手配するのはプロでも容易ではない。このニッチな市場で顧客から絶大な信頼を得ているのが、株式会社配線コムだ。
同社は、Claris FileMaker で構築した内製システムを駆使し、ピッキングから在庫管理、EC サイト連携に至るまで、驚くほどの業務効率化を実現している。株式会社配線コム 代表取締役 尾崎 秀男氏と、システム開発・運用を一手に担う尾崎 麻衣氏に、FileMaker 導入の経緯と効果、そして今後の展望を伺った。
1. プロも頼る自動車・バイク配線部品の駆け込み寺
配線コムは、自動車やバイクに使用されるコネクタ、カプラー、ターミナルといった配線部品を専門に扱うオンラインショップだ。その品ぞろえは約 3,000 種類にも及び、プロ〜セミプロを中心とする幅広い層に 1 個から部品を提供している。
「自動車・バイクの配線部品は新車製造時には不可欠ですが、一度取り付けられると廃車になるまで交換されることはまれです。それゆえに、事故修理やカスタマイズで特定の部品が必要になった際、その入手は簡単ではありません。年式やメーカー、グレードによって形状が微妙に異なるためです」と尾崎社長は語る。同社は、このニッチなニーズに応えるべく 2000 年に事業を開始。大手 EC サイトにも出店し、顧客の細かい要望に対応することで成長を続けてきた。

全長数センチの部品は、数ミリ単位の形状違いや微妙な色違いがあり、記憶に頼った目視確認は困難だ
尾崎社長の経歴はユニークだ。大学卒業後、大手自動車メーカーのディーラーで営業マンとしてキャリアをスタート。その後、ラーメン店や不動産業などさまざまな職を経験し、独立に至った。意外にも、FileMaker との出会いは趣味のバイクレースだったという。「若い頃、鈴鹿サーキットなどでレースに参加していました。その時、バイクのセッティングデータや走行タイムの記録・管理に、当時のクラリスワークスを使っていたんです。それが FileMaker との最初の接点でしたね」(尾崎社長)。
2. 「記憶」と「紙」に頼る手法の限界、拡大する事業が直面した課題
配線コムではこれまで、部品管理やピッキング作業はスタッフ個人の「記憶」と「紙」に頼っていた。しかし、事業が拡大して取り扱い部品が増えるにつれ、そのアナログな手法は限界を迎える。
「最初は商品それぞれの置き場所も頭に入っていましたが、部品が数千種類にもなると、記憶だけでは追いつきません。毎日、紙に印刷したピッキングリストを手に、倉庫内を歩き回っていました」と尾崎社長。さらに、紙の注文書は法律で 7 年間の保管義務があり、その量は膨大に。年間 2 万枚以上の紙が溜まり、保管場所の確保や最終的な処分にもコストと手間がかかっていたという。
品番管理も大きな課題だった。部品はメーカーや色、シリーズ、年式などで細分化され、品番はどんどん長くなる。当初はバーコードで管理を試みていたが、品番が長くなるとバーコード自体も長くなり、読み取りエラーが頻発するように。品番の印字スペースに収まりきらないほどにバーコードが長くなることもあった。
こうした状況はピッキングミスを誘発し、新人スタッフの教育にも時間がかかる要因となっていた。「新しいスタッフが 1 人でピッキングできるようになるまで、最低でも 3 か月はかかっていました」と尾崎社長は当時を振り返る。
3. 独学でも柔軟に FileMaker でシステムを構築
これらの課題を解決すべく、尾崎社長が選んだのが Claris FileMaker だった。過去のクラリスワークス使用経験から、同じ流れをくむ FileMaker のデータベースとしての柔軟性や、特に CSV ファイルからのデータ取り込みの容易さに着目したという。
そして、この FileMaker 導入とシステム内製化を力強く推進する“最強の助っ人”が登場する。それが、尾崎社長の妻である尾崎 麻衣氏(以下、麻衣氏)だ。「妻がソフトウェアやデータベースの扱いに非常に長けていたんです。業務に参加してくれるようになり、FileMaker のシステム開発も彼女が担ってくれることになりました」(尾崎氏)。
麻衣氏は独学で FileMaker を習得し、システムを構築していった。初期には、尾崎社長がClaris Platinum パートナーである株式会社バルーンヘルプに数回、操作方法や開発のポイントについて指導を受けたこともあったが、その後は完全に内製でシステムの拡張・改善を続けている。「開発会社に全てを委託するのではなく、自分たちで業務に合わせて柔軟にシステムを作り上げていける。それが FileMaker を選び、内製を続ける大きな理由です」と尾崎社長は語る。

(左から)株式会社配線コム 代表取締役 尾崎 秀男氏、システム開発・運用担当 尾崎 麻衣氏
4. ミス削減システムから EC サイト連携まで幅広く対応
配線コムの FileMaker システムは、まさに業務の心臓部であり、その活用範囲は多岐にわたる。
まず、ピッキング作業においては劇的な変化が見られた。QRコードによる正誤判定とペーパーレス化が実現し、最も大きな変革の一つとなっている。現在は、スタッフが iPad と QRコードリーダーを手に作業を行う。FileMaker システムが、注文内容に応じて棚番の近い商品を自動的にリストアップ。スタッフは iPad の指示に従って棚へ向かい、商品の QRコードをスキャンする。「もし違う商品を手に取ると、システムが『商品コードが違います』と警告を出してくれます。さらに商品画像も表示されるので、目視でのダブルチェックも可能です」と麻衣氏は説明する。これにより、ミスの大幅な削減と作業効率の向上が実現した。
次に、検品写真システムは顧客対応の迅速化にも貢献している。発送前の検品時には、梱包する商品の写真を撮影し、注文データと紐づけて FileMaker に保存している。「お客様から『注文と違う商品が届いた』といった問い合わせがあった場合、それが数か月前のデータであっても、保存された検品写真によって即座に状況を確認し、スムーズに対応できるようになりました」(麻衣氏)とのことだ。

検品用画面。検品時と発送時の撮影データが保存されている(写真中央上部)
さらに、在庫管理から発注予測までをカバーする統合システムも構築された。仕入れ品の管理や販売商品のデータ管理はもちろん、過去の販売データから移動平均などを算出し、需要を予測して発注業務をサポートする機能だ。「部品の入荷は早いもので 2 か月、長いものだと 4 か月から半年かかることもあります。欠品は機会損失に直結するため、精度の高い需要予測と適切なタイミングでの発注が不可欠です」と尾崎社長はその重要性を語る。
そして、EC サイト連携も FileMaker が担う重要な役割だ。各 EC サイトからダウンロードした注文データ(CSV 形式)を FileMaker に取り込み、発送システムで利用しやすい形式に一括変換。また、新しい商品を EC サイトに登録する際の HTML 記述も、FileMaker で自動生成しているという。
5. 人手は半分以下、売上は 1.2 倍に。驚異の導入効果とは
FileMaker システムの導入効果は絶大だ。尾崎氏によれば、「最大 7 ~ 8 名で朝 10 時から 18 時頃までかかっていた発送作業が、現在では 3 ~ 4 名で 10 時から 15 時で対応できるようになった」という。これは、人員がほぼ半分になり、作業時間も 3 時間短縮された計算になる。「売上は当時より 120 %程度まで増えていますが、まだまだ作業には余裕があります。空いた時間で他の作業やお客様対応ができるようになりました」(尾崎社長)
この効率化は、新人の教育コスト削減にもつながっている。「以前は新しいスタッフが一人前になるのに 3 か月かかっていましたが、今のシステムなら初日から戦力です。先日も妻のおいに初めて作業してもらいましたが、その日のうちに 1 人でピッキングできるようになりました」と尾崎社長は笑顔で語る。
現場スタッフの反応も良好だ。「システムのおかげで仕事が楽になった」という声が多く、今では「もっとこうしたら便利になるのでは」と現場から改善提案が上がってくる好循環が生まれている。麻衣氏は、それらの要望を元に FileMaker を駆使して次々とシステムを改良していくため、社内では「魔法使いのようだ」と称賛されているという。
6. 次の一手はクラウド化。さらなる安定運用を目指して
現在、配線コムでは社内に設置した Mac mini をサーバとして FileMaker システムを運用しているが、今後の展望としてクラウド化を検討している。
「ハードウェアの故障やソフトウェアのトラブルでシステムが停止すると、その日の業務が完全に止まってしまいます。データのバックアップ体制と安定運用を考え、Claris FileMaker Cloud への移行を真剣に考えています」と尾崎社長は語る。
FileMaker によるシステム内製化を成功させた経験から、同様の課題を抱える企業に向けて尾崎社長はこう語る。「創業時から FileMaker を使ってきて、途中で他のシステムに乗り換えようと思ったことは一度もありません。それはやはり、自分たちの手で業務に合わせてシステムを作り込み、改善していけるからです」(尾崎社長)
麻衣氏は、「専門的なプログラミング知識がなくても、例えば表計算ソフトの IF 関数や COUNT 関数が理解できる程度の知識があれば、十分に FileMaker のスクリプトを組めると思います。CSV データの取り込みも非常に簡単なので、他のシステムとの連携も容易です。業務の中で『これが困っている』『こうなったら便利なのに』という課題があるなら、FileMaker はその解決策を見つけ出す強力なツールになるはずです」(麻衣氏)
【編集後記】
「記憶」と「紙」によるアナログ業務の限界。多くの中小企業が抱えるこの課題に対し、株式会社配線コムは FileMaker というツールと、何よりも「自分たちで何とかしよう」という強い意志で見事に解決策を導き出した。尾崎社長の先見性と麻衣氏の技術力、そして現場スタッフの協力が生んだこの成功事例は、DX 推進に悩む多くの企業にとって大きな勇気とヒントを与えてくれるだろう。小さな部品を扱う企業の、大きな変革の物語である。