事例

日本の食卓の"安全"を支える ダイショー。 安全を追求する現場が取り組むローコード開発の舞台裏

食品安全を何よりも優先

誰しも一度はスーパーで目にしたことのある「味・塩こしょう」は 1968 年の発売以来、家庭でも業務用としても多くの方に愛用されている。半世紀以上も愛されるこのロングセラー商品を提供し続けているのが、福岡に拠点を置く株式会社ダイショー(東証: 2816)だ。

ダイショーは「おいしさで・しあわせをつくる」を企業理念として、創業以来独自の商品開発で、日本の調味料市場に数多くの商品を提供してきた。 特に、ロングセラー商品「焼肉一番」などのタレ、「もつ鍋スープ」「キムチ鍋スープ」などの鍋スープ、ソースなどの液体調味料が売上全体の7割を占め、他にもサラダ用麺セット「パリ麺サラダ」、「スープはるさめ」など、それぞれの分野で新市場を確立し、市場創造開発企業として「食」需要の創造を続けている。コロナ禍においては、業務用の商品が落ち込む中、家庭用調理機会の高まりをうけて新商品を投入するなど、業績を伸ばしている。

半世紀以上のロングセラー商品を持ち続けながら新商品を開発し消費者に受け入れられ続けるためには、実直な生産管理が求められる。同社では、2010 年に食品安全マネジメントシステムの国際規格である ISO22000 の認証を取得後、さらなる管理体制強化のため 2016 年に全工場で FSSC22000(食品安全システム認証)を取得。その運用には食品衛生と安全への追求にこだわりをもつ現場の専門家による、ローコードプラットフォーム Claris FileMaker を用いたアジャイル開発があった。

FileMaker 導入を推進してきた執行役員 経営企画室長の三浦 和信 氏、経営企画室 課長の松井 伸明 氏、生産本部 関東工場 工場長の渡邉 剛 氏に話を聞いた。

FileMaker 導入の中心を担っている 株式会社ダイショー 九州工場(福岡県)

消費者に安全な食品を提供する FSSC 22000 規格で Claris FileMaker を活用

多彩な商品を展開する食品会社ダイショーは、現在、福岡県に 3 工場と茨城県に 1 つの 4 工場を持ち、全国のスーパーや食料品店などに商品を届けている。

同社は、「食品安全を何よりも優先する」という考え方のもと、長年にわたって「食品の安全」に取り組んできた。三浦氏は、「食品メーカーにとって、安全な商品をお届けすることは絶対的な義務です。それを理論的に正確に実現するための仕組みづくりが重要です」と語る。その仕組みとして、同社は 2010 年ごろからいち早く食品安全マネジメントシステム(FSMS : Food Safety Management System)規格である ISO 22000 取得への取り組みを始めた。その後、ISO 22000 を補強し食品安全の取り組みをさらに推進する規格 FSSC 22000 に移行し、現在は FSSC 22000 認証を取得し続けている。

FSSC 22000 規格に対応するためには、他の規格同様、非常に多くの情報を収集・管理しまとめて、年 1 回の審査に備える必要がある。その情報収集やデータ管理の多くを実施しているのが、Claris FileMaker を活用して自社で開発した同社の「生産管理システム」だ。

同社が FileMaker の利用を開始したのは 2005 年ごろに遡る。それまで工場の管理部門や生産部門では情報の管理や共有に表計算ソフトを活用していたが、表計算ソフトで情報を共有しようとするとメールなどで送付する必要があり、その結果共有した人数分、ファイルが増える。送付して戻してもらって修正を反映して、となると人の手間がかかるだけでなく、どれが最新で正しいものなのかも分かりにくい。そこで、各人がダイレクトに入力できるような仕組みを構築したいと考えた。

同社にも情報システム部門はあるが、情報システム部門は基幹システムなど全社共通のシステム開発や運用管理を担う。そのため、各部門で必要となる業務システムは部門ごとに導入しており、当時生産本部の管理部門にいた三浦氏が FileMaker の導入を主導した。三浦氏はその選定理由について、「情報を共有できる仕組みを簡単に開発できるアプリケーションを探しました。また、基幹システムからデータを簡単に取り込めることも必須条件でした。その結果、FileMaker を見つけ、まず評価版で動作を確認し、導入決定しました」と語る。

最初に作ったアプリケーションは、当初の目的であった情報共有のための連絡掲示板だ。当時導入したバージョンは FileMaker Pro 6 (2002年発売)。その後、現行バージョン までアップデートされ約 20 年にわたってFileMaker を使い続けている。

システム内製化により億単位のコストを削減

生産現場で構築されたアプリの例としては、製品に印字された賞味期限等を確認する「包装資材検査」がある。同社の品質検査では、原材料の品質検査、中間品のレシピ整合性検査や製造条件等の品質判定、最終製品の容量検査・理化学検査など多岐に渡る。包装資材検査では、製造装置の外装印字と指示された容器充填の日付に間違いが発生しないよう、カスタム App による正誤判定を実現した。外装表示の記録を担当者がFileMaker に入力する(下記写真参照)と、基幹システムデータと照合し、正誤判定を行う。「以前は基幹システムが出力した指示書と合っているかどうかを、担当者が見比べて判定していました。しかし、人はミスを完全にはなくせません。賞味期限を間違えると商品回収にもつながりますので、システムで判定するようにしました」(三浦氏)。

Claris FileMaker で賞味期限照合をシステムに判断させることが可能に

FSSC 22000 規格で求められる原材料のトレーサビリティ管理では、ロットごとに原材料に貼った二次元バーコードをハンディターミナルで読み取り入力。原材料が間違っていないかを判定すると同時に、後日その詳細内容を照会できるようデータを蓄積している。トレーサビリティの管理システムは既成のパッケージソフトも販売されているが非常に高価だ。渡邉氏は、「パッケージで導入すると 4 工場で 1 億円近い投資となり、業務の変化に対応するにはさらに追加のカスタマイズ費用がかかります。FileMaker を使うことでこれらの大きな出費なく、業務のやり方が変わっても柔軟に現場で対応できる仕組みを作ることができました」とシステム内製化の効果を語る。

「最初は我々が旗振り役となっていましたが、今は全社員が FileMaker の活用を前提に業務を進めています。こういう課題があるからやってみよう!という挑戦が企業文化になっています」

例えば基幹システムでは、新商品が出てマスター構造が 1 階層増えるとシステムでの対応ができず、無理やり今までの階層で管理せざるを得ないなど、生産現場が融通のきかないシステムに運用を合わせることもあるという。その点 FileMaker は柔軟に、しかも自分達の手で対応可能だ。FileMaker を活用したこのような取り組みも、安全にこだわり、愚直に消費者へ安全安心な商品を届けたいという現場の熱意ともいえる。

Claris FileMaker でトレーサビリティ管理の仕組みを構築。業務フローの変更にも柔軟に対応できる

紙を電子化、FileMaker で業務効率化が加速

「トレーサビリティについては、以前は紙に記入していました。例えば、焼肉一番のタレに入れる砂糖はどのロットの砂糖で、どのロットの醤油を使って作っているかなど、全ての原材料は紙に書いて保管しており、何かあったときに膨大な紙の中から探す必要があり大変でした。データ化したことで、FileMaker で簡単に探せるようになりました」と紙から電子化したメリットについて松井氏は語る。

内部監査でも FileMaker を活用。多様なデータや資料を一括管理することで効率化を実現

2018 年から、FSSC の活動の一環で行われる内部監査にも FileMaker は活用されている。内部監査用のアプリケーションには規格の要求事項に基づいた社内ルールのリストが表示され、監査員が各担当者へ項目ごとにヒアリングする。ヒアリングした結果や監査に必要なさまざまな参考資料も一括管理。最終的なトップマネジメントである生産本部長への報告までトータルで管理している。以前は表計算ソフトでリストを作り、紙に結果を記入してそれを改めて表計算ソフトに入力していた。その場で入力することで効率化が実現するだけでなく、比較検討も容易になった。松井氏は、「監査の際のコミュニケーションツールとして活用しています。このリストを利用することで監査の標準化が可能となり、社員教育にも役立っています。毎年の記録が蓄積されるので、指摘があればフラグを立てて対応を検討したり、どう改善したかも記録されます。DB 化することで改善の変化がわかりやすくなりました」と語る。

FSSC 22000 は ISO22000や ISO9001 以上に要求事項が多く、取得だけでなく継続にも大変な労力を要する。すべてを管理し運用を続けるには相応のリソースが必要だ。そのため多くの組織で監査の形骸化が懸念されるなか、ダイショーではリストに基づき 1 つ 1 つ厳格に監査が実施されている。さらに、適正の高い社員を監査員に指名し教育を兼ねるなど、監査が形骸化せず、効率よく次世代につなげられるような工夫も凝らしている。食の安全は、食品会社にとっても、その消費者にとっても極めて重要だ。しかし、消費者が安全性を確認する術は限られる。それを見える化するこのようなダイショーの取り組みは、消費者としても頼もしい。

取材に応じてくださった株式会社ダイショーの皆さん 左から、松井伸明氏(経営企画室 課長)、三浦和信氏(執行役員 経営企画室長)、渡邉剛氏(生産本部 関東工場 工場長)

【編集後記】

工場での成功を受けて、研究開発部門や品質保証部門など他部署でも活用が進んでいるそうだ。開発部門では試作品のレシピなど、最終製品とならなかったデータも含めて管理しているという。同社には、今年で発売30 年を迎えた看板商品、”博多もつ鍋スープ” があるが、しょうゆ味・みそ味は、ベースはしっかりとした味付けで、にんにくは配合しておらず、唐辛子もみそ味にほんのり効かせている程度。「お好みで調節できるところは、ご家庭のお好みで調節してもらうほうがよい。そのほうが、幅広いご家庭で・幅広いシーンでおいしく召し上がりいただける。」そう考えて商品化されているそうだ。一方で、辛みそファンのために、にんにくを入れた ”辛みそ味” をラインナップに加えている。同社の開発部の挑戦がデータに蓄積されて、また新しいもつ鍋スープが生まれることに期待したい。

読者の皆様も FileMaker で開発に熱が入る暑い夏、辛みそ味のもつ鍋で汗を流しながら堪能してみてはいかがだろうか?

博多もつ鍋スープに辛みそ味が新登場