
目次
- 北海道の美味しいお米「ゆめぴりか」は膨大なデータ収集と分析から生まれた
- Claris FileMaker が支える「ゆめぴりか」の研究と品質
- 北海道の FileMaker コミュニティで活用方法を学ぶ
- 生育調査における効率化とミス削減を実現
- 米の品質予測に AI を活用
- 電子野帳で「美味しいお米」のさらなる進化へ!
- AI と FileMaker で実現する、日本の農業の未来
1. 北海道の美味しいお米「ゆめぴりか」は膨大なデータ収集と分析から生まれた
地方独立行政法人北海道立総合研究機構は、農業、水産、森林、産業技術、エネルギー・環境・地質、建築・まちづくりという幅広い分野の試験研究を行っている。その中でも水田農業部は、水稲の新品種育成や栽培技術の開発に取り組んでおり、北海道の誇るブランド米「ななつぼし」「ゆめぴりか」の誕生にも大きく関わっている。
「ゆめぴりか」は、上川農業試験場で 1997 年に交配され、10 年以上の歳月を経て 2011 年に品種登録・販売開始された北海道米。寒さや病気への強さ、茎や穂の数、収量、そしてお米の品質や食味に関する膨大なデータを収集・分析した末に生まれた「ゆめぴりか」は、現在では日本穀物検定協会食味ランキングで特 A を 14 年連続獲得するなど全国的に高い評価を受けている。
2. Claris FileMaker が支える「ゆめぴりか」の研究と品質
当初、研究データの整理・分析は表計算ソフトで管理されていたが、視認性の悪さや入力の不統一、処理の遅さなどが課題だった。そこで、地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 中央農業試験場 水田農業部 部長 五十嵐 俊成氏(現在 道南農業試験場研究部長)は、上川農業試験場勤務時から Claris FileMaker を導入。 FileMaker によって研究現場の効率化が進み、「ゆめぴりか」のような高品質米の開発がよりスムーズに行えるようになった。

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 中央農業試験場 水田農業部 部長 五十嵐 俊成氏
3. 北海道の FileMaker コミュニティで活用方法を学ぶ
これらの課題の解決策として五十嵐氏が選んだのが、FileMaker である。その発端は五十嵐氏が農業試験場に就職した 1990 年の職場環境にあった。「当時の上司がアメリカでの研修で Mac を見て、Macintosh Ⅱsi を職場に導入しました。当時日本の PC は、コンピュータとテキストでやり取りするコマンドラインインターフェース(CLI)の時代だったので、グラフィカルユーザインターフェース(GUI)の先進性に驚き、せっかく導入していただいたので使いこなすため、文献整理や図書の管理などに FileMaker を利用しはじめました」(五十嵐氏)。
しかし、FileMaker をどう現場で活用して良いのかわからず悩んでいた。そんなとき、北海道で FileMaker の開発者として活躍していた株式会社 DBPowers 有賀 啓之氏が立ち上げた FileMaker のコミュニティの存在を知り、五十嵐氏は個人的に参加する。「プロの人たちが使っている FileMaker の世界観を見て使い方がよくわかり、本格的に取り組み始めました。FileMaker は、まず小規模で制作し、使いながら機能を追加できるので、システムを素早く改善できます。膨大なデータも扱え、データの共有や加工もしやすい。チームの規模を問わず活用できるのが魅力です」(五十嵐氏)。
ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を基盤としたビジネスソリューションの開発・運用支援を行う Claris パートナー DBPowers 社は、受託開発からパッケージソフト開発、サポート、環境構築など多様な情報処理サービスを提供している。北海道に本社を置くが、完全リモートワーク制で所属する開発者の大半は道外に居住し全国の顧客に対してサービスを提供している。
4. 生育調査における効率化とミス削減を実現
水田農業部ではさまざまな業務で FileMaker を活用している。研究員が行っている稲の生育調査では、複数の観測圃場(ほじょう)で定期的に草丈や穂数などを計測し記録する。その際、従来は 3 名 1 組で、2 名がそれぞれ別の調査地点の計測を行い、数値を読み上げ声で伝達し、他の 1 名が紙に記録することが多かった。「この調査は足下の悪い田んぼの中で、かがんで計測するので体力を使います。記録者が 1 人の数値を書いていると、もう 1 人の計測者に待ち時間が発生していました。離れたところにいる記録者は声がはっきり聞こえないと聞き返す必要もあります。紙に書いた記録は事務所に戻ってから PC に入力しますが、数字が読みにくい、入力ミスのリスクがあるなど課題もありました」(五十嵐氏)。また、水稲の株をサンプリングして乾物重を測定するため乾燥させるために封筒に入れていたが、手書きではサンプル番号の記入ミスもあった。手書きのため試験区名の書き間違えや、字が読みにくく、どのサンプルかわからないという問題もたまに発生し、データが欠損する場合もあった。

計測者の負担も大きいうえ、離れた場所の記録者に正しく伝達できないこともある
現在は生育調査の計測と記録作業に、Claris FileMaker Go を活用。計測と記録を 1 人でこなせるようになり、事務所に戻って紙から PC への入力もなくなった。

入力したデータはそのままエクセルファイルとして送信できる。測定ミスがあっても異常値を確認しやすく、その場で再測定が可能
草丈の計測方法は、定規にレーザー距離計を固定して計測。その計測データを Bluetooth で デバイスに自動転送・自動改行するようにした。五十嵐氏は、「レーザーの距離計の活用は、DBPowers 有賀さんのアイデアです。操作には多少慣れが必要ですが、ボタンを押すだけなので細かい物差しの目盛りを読まなくても良く、大きな声を出す必要もなくなり、体力的にもかなり楽になりました。待ち時間もなくなり、作業効率が約 1.5~2 倍に上がりました。直接計測データをデバイスに転送することで入力時間が不要になり、転記ミスの心配もありません」と語る。

定規にレーザー距離計を固定し計測する様子
5. 米の品質予測に AI を活用
AI の活用も進めている。北海道を代表するブランド米「ゆめぴりか」は、ブランド価値を高めるため厳格な品質管理を行っている。品質の決め手はタンパク質とデンプンの成分であるアミロースとアミロペクチンだ。タンパク質とアミロースも含有量が少ない方が食味は良くなる。
「ゆめぴりか」はアミロース含量とタンパク質含量で品質の基準値が決められている。アミロース含量は、米が実る時期の気温が高いほど低くなるが、タンパク質含量と土壌条件の影響を受けるとともに気象との因果関係はアミロースよりも複雑だ。タンパク質含量は生産年次によって変動があることから気象条件の影響からある程度予測できると考えた。
そこで 2024 年 3 月頃から Apple が 提供する 機械学習モデル Create ML を活用し、気象データを活用したタンパク質含量の予測に着手した。Create ML は Mac の統合開発環境 Xcode 上で機械学習モデルのトレーニングや構築ができるフレームワークだ。北海道立総合研究機構には北海道農産協会が過去 30 年にわたり、1km メッシュ単位(約 1 km 四方の区画)でタンパク質の含量を調査・分析し続けたデータがある。その中から「ゆめぴりか」の過去データを学習データとしてモデルを構築できれば、農研機構が提供する「メッシュ農業気象データ」と組み合わせて使うことで予測が可能になると考えた。
当初は Create ML のエラーに悩まされていたが、そこでも助け船を出したのが有賀氏だった。その経緯を有賀氏は、「五十嵐さんがチャレンジされたのですが、上手くいかない理由がエラーなのかやり方が悪いのか判別がつかず困っておられました。機械学習そのものに関する知見が必要と考え、機械学習を使ったアプリケーションを開発されている公立千歳科学技術大学の曽我 聡起先生をご紹介しました」と語っている。五十嵐氏は、「実際に画面でスクリプトを見ながら、2 時間くらいして、光明が見いだせました」と感謝している。有識者からのアドバイスを得て現在も試行錯誤中で、時間をかけて検証し、精度を上げていく予定だ。「 AI の検証には時間がかかることから、当面は AI を使わない重回帰モデルの予測で進めて、将来的には AI を活用したいと考えています。現在気象データから全道の「ゆめぴりか」の平均のタンパク質含量と「ゆめぴりか」の基準品率を出穂期後 30 日までに 70% 程度の精度で予測ができるようになっています」(研究成果はこちら)(五十嵐氏)。
6. 電子野帳で「美味しいお米」のさらなる進化へ!
水田農業部では、さらに FileMaker Go と iPad を用いた育種の調査野帳(調査用ノート)の電子化も進めている。改良品種を生み出すまでには、データをきめ細かく収集分析する必要がある。育種材料の交配組合せや様々な試験のデータを現場で即座に確認できる仕組みを目指している。2025 年 3 月現在、現場では依然 A3 用紙を使っており、項目数も多く見づらい。これを解消することで、「ゆめぴりか」よりも多収で更に美味しいお米を生み出すための、研究スピードと精度向上が期待される。

テスト中の野帳アプリ画面
7. AI と FileMaker で実現する、日本の農業の未来
五十嵐氏は今後もさまざまな分野に FileMaker を活用すれば、もっと研究がしやすくなり農業の発展につながると考えている。「AI を使えば、病気の作物や虫や雑草の写真を撮影すると、判定して対処方法を教えてくれるといったこともできそうです。アイデアはいろいろあるのですが、私はプロのシステム開発者ではなく簡単には作れません。農家のニーズとプロ開発者を結ぶコーディネーターとして橋渡しできればと考えています」(五十嵐氏)。
有賀氏は、農業現場でのデジタル活用について次のように語る。「農家が FileMaker を使ってデータを再利用できれば、収量の増加や予測が可能になります。実際にそう考えて挑戦する農家もいます。五十嵐さんの研究は、その実現に向けた啓蒙活動であり、それが農家に届けば日本の農業は大きく変わるでしょう。そのためには、私たちが Claris パートナーとして社会実装の環境を整えることが必要です」

(左から)公立千歳科学技術大学 曽我 聡起教授、五十嵐 俊成氏、DBPowers 有賀 啓之氏
【編集後記】
北海道立総合研究機構 五十嵐氏と DBPowers 有賀氏は、「Claris カンファレンス 2024」にも登壇し、「ゆめぴりか」を支える研究とIT活用の取り組みを紹介。有賀氏は「30年前に北海道に来たときは、正直お米は美味しくなかった。でも今では、『ゆめぴりか』のような北海道米が他県のブランド米を超えるほど美味しくなりました。その背景に FileMaker があることをもっと多くの人に知ってほしい」と語った。
「ゆめぴりか」の名前には、「夢のように美味しいお米になるように」という願いが込められている。その夢を、生産者やホクレンなど関係機関と連携し、データと技術の力で現実に変えてきたのが、北海道立総合研究機構の研究者たちだ。今後も北海道の美味しいお米が、FileMakerと AI で進化し続けることに期待したい。
五十嵐氏と有賀氏がこの事例を紹介した Claris カンファレンス 2024 のセッション「北海道のお米をもっと美味しく!〜 Claris FileMaker と機械学習の活用 〜」の録画の視聴はこちら。