事例

神戸の複合スペースが API 連携で各サービスのシナジーを強化

書店、書庫バー、ギャラリー、コワーキングスペースなど、アートとデザインを軸にしたサービスを提供する神戸の複合スペース Storage KOBE。これまで店舗とオンラインショップで展開する書店での在庫、それぞれのサービスの顧客リストが一元管理できておらず、複合サービスを展開する利点を活かしきれないという課題を抱えていた。Storage KOBE を愛する会員の一人である Claris パートナーとともに Claris FileMaker を導入、API 連携で複数のシステムとつなげて、店舗とオンラインの連携や顧客の一元管理を実現している。Storage books 店長 山下和希氏と、Claris パートナー iC(アイシー)株式会社 代表取締役 佐合純氏に話を聞いた。

Storage books は、兵庫県神戸元町にある書店である。デザイン事務所 株式会社神戸デザインセンターが運営する、アートとデザインを軸とする複合スペース Storage KOBE 内にあり、アートやデザイン関連の書籍を揃える。

Storage books が取り扱うアートやデザイン関連の書籍

Storage KOBE 内には、その他に書庫バー、ギャラリー、コワーキングスペースがあり、多くの人々の交流の場となっている。 Storage のマネージャーも兼務する山下氏は、「アートやデザインを、市民の方々に身近に感じてもらいたいという思いで運営しています」と語る。

山下 和希 氏(神戸デザインセンター Storage 事業責任者/ Storage books 店長)

2017 年にクラウドファンディングによりスタートした Storage books は、その後オンラインショップも整備し、着実に成長。その一方で、新たな課題にも直面していた。山下氏は、「実店舗とオンラインショップを別々に管理していたため、在庫にズレが生じていました。在庫の整合性をとるためには、店舗で売れた商品をオンラインショップの在庫からも削除するといった手作業がその都度必要でした。その管理がリアルタイムには追い付かず、在庫があるはずなのに管理データ上では欠品扱いとなり販売の機会を逃すという事態がたびたび生じていました」と語っている。

また、複合スペースを運営しているのに、シナジーが発揮できていないことも課題だった。それぞれの場にファンがついているものの、部屋がバラバラなので相互の行き来が少なかったのだ。アートとデザインという軸があり、嗜好が近い人たちが集まっているはずなのに、それが生かせていなかった。

顧客情報の管理は、それぞれのスペースごとに行っていた。コワーキングスペースは Google フォームでの入力、ギャラリーは手書きの芳名帳からスタッフが表計算ソフトに転記するといった具合である。その後 4 つのスペース共通のメンバーズカードを発行し、店舗で利用する POS システムであるスマレジの顧客管理機能を使ってデータの統合を進めたが、まだ道半ばという状況だった。

ちょうどコロナ禍によってオンラインを強化する動きもあり、2020 年末ごろ、これらの課題を解決するため、以前からコワーキングスペースの会員だった佐合氏に相談。 2021 年 2 月ごろに具体的にプロジェクトが動き始めた。その経緯を佐合氏は次のように語る。「神戸の参加型フェスティバル“ 078KOBE ”の運営にボランティアで関わっていたのですが、そこに神戸デザインセンターの社長も参加されていました。その付き合いの中で相談され、システムを構築することになりました」。

佐合 純 氏(iC 代表取締役)

多彩なシステムと柔軟に連携可能

最初に検討したのが、店舗のスマレジと EC サービスをどのように連携するかだった。そして、その選定の結果選ばれたのが Claris FileMaker だ。選定理由について佐合氏は、「個々のサービスは月額数千円といった安価なサービスなのに、連携しようと思ったら月額 10 万円くらいかかるサービスしかなく、これでは無理だと思いました。 10 年以上前から FileMaker は使っており、他のサービスとの連携が柔軟にできることを知っていたので、FileMaker にデータを集約することを提案しました」と語っている。

開発は試作画面を見せながらデータの流れを説明し、Storage books の意見を聞きながら仕様を詰めていった。アプリケーションに合わせて必要に応じて店舗の運営方法を見直すなど、店側も柔軟に対応した。

山下氏は FileMaker の第一印象について、「これまで個別に行っていた煩雑な業務を、1 つに集約して効率よくできそうだと感じました」と語っている。

スマレジは FileMaker と連携できるコネクタが用意されていたが、従来利用していた EC サイトはなかったため、E コマースプラットフォーム「Shopify」に変更。この 2 つのサービスを FileMaker で連携することにした。しかし、連携には苦労した。「 FileMaker と Shopify との連携事例がなく、技術的なところでかなり悩みました。調べた結果海外の記事で 1 件ヒットし、それをヒントに構築しました」(佐合氏)。


月に 10 ~ 15 時間の効率化により登録頻度が増えリピート購入が増加


システムは 2021 年 9 月に稼働開始。商品登録の流れとしては、まず店舗で出版社が発行する書籍情報の CSV データをスマレジに一括登録。その中からオンラインに登録したいデータを FileMaker で選択すると、Shopify にアップロードされる。これまでの手作業による二重登録が不要となり、自動連携によって在庫も確実に把握可能になった。

店舗では商品を並べれば売り出せるが、オンラインショップでは詳細な商品情報の入力が必要だ。そうした情報の入力に時間をとられては、見やすいレイアウトを考えたり、店として伝えたいことを考えるといった、店独自のアピールのためにかけられる時間が減ってしまう。そこで、新たな機能も付け加えた。まず、Google Books APIs という Google に登録されている書籍なら ISBN を入力するだけで書名や著者、出版社といった基本情報が取得できる仕組みを利用。さらに、オンラインショップへの入力時に Web ビューアで Amazon の画面を確認できる機能も備えた。これにより別画面を開くことなく、情報を確認できるようになる。この新たな2 つの機能により、書籍登録がさらに大幅に効率化できた。山下氏は、「実際に使い始めると、この機能が非常にありがたかったです。月 2 回 5 ~ 10 時間かかっていたオンラインショップへの登録が、8 割以上削減できました。月 10 ~ 15 時間は、他の業務に充てられるようになった感覚があります。その結果登録頻度も高まり、リピート購入者も増えています」と評価している。

顧客情報の一元管理により、多店舗施設のシナジーを強化

顧客情報もメンバーズカードの共通化に伴って始めていた一元管理を FileMaker に移行。どの店舗のユーザーか、書籍の購入履歴やイベントの参加履歴などがわかるようにデータの蓄積を始めている。その結果、メルマガの効果アップにもつながっている。山下氏は、「ギャラリーで写真展を行った際に、本屋で写真関連の書籍を購入いただいたお客様にもメルマガを送信したところ、結構ご来場いただくことができました」と語っている。顧客情報を一元管理したことによって、これまで難しかった複数のスペースによるシナジーが得られ始めている。

また、一元管理されている FileMaker のリストに、顧客の購買履歴や来場イベントなどを一覧できるようになったので、メルマガの送信先の選定も効率よく行えるようになった。「例えば、これまでのスマレジでは本の購入履歴は残りますが、展示会の参加履歴は残らないといった課題がありました。できることにも限界があります。その点 FileMaker は細かいところまでカスタマイズでき、自由度が高い。痒い所に手が届く機能を実現できました」(山下氏)。

今後について山下氏は、「ようやく足元を整えてスタートした段階です。今後データを蓄積しつつ、いろいろなことを試して、本からギャラリー以外の流れもつくっていきたい」と意欲を語る。

一方佐合氏は、「 iPhone と Claris FileMaker Go を使った在庫管理や商品登録を提案したい」と語る。現在顧客情報は、Google フォームで入力し、FileMaker に CSV で移行しているが、この入力も、いずれ FileMaker に移そうと考えている。Storage books の挑戦は、これからも続く。

【編集後記】

コワーキングスペースがまだ一般的ではなかった 2015 年から神戸でコワーキングスペースを開き、アートやデザインの専門書店を開設してきた Storage 。佐合氏が、「今は場所としてはほとんど使っていないのですが、そこに集まる人たちとのつながりが魅力的なので、会員を続けています」と語る通り、神戸の中でも感度の高い人たちが集う、魅力的な場所となっている。

しかし、人が集まる場だっただけに、他の多くの店舗同様コロナ禍で痛手を受けた。社内で検討を重ねた結果、Storage books の実店舗を 2022 年 3 月末で、コワーキングスペースを 5 月末を目途に、一旦休止することとなった( Storage books のオンラインショップは継続)。しかし、いずれも新しいカタチを検討するための休止とのこと。新たに整えたデータ統合基盤を使った挑戦にも意欲を見せる。どちらのスペースも、より素晴らしい場となって、再開する日を楽しみにしたい。