事例

大量の図面検索に AI を活用。FileMaker × AI の内製アプリを事業の新たな推進力に

目次

  1. 操舵機と共に歩んだ、技術の系譜
  2. 6,800枚の CAD 図面が、記憶と勘の中に眠っていた
  3. AI との出会い ── カンファレンスでの「直談判」
  4. “教師データ”の壁 ── 兎田氏が挑んだ「言語化」という難業
  5. 現場に根付いた変化、そして次のステージへ

1. 操舵機と共に歩んだ、技術の系譜

兵庫県に本社を構えるマロール株式会社は、小型船舶向けの油圧式操舵装置や各種操船機器を手掛ける専門メーカーだ。その歴史は戦前にさかのぼる。前身は船舶用防水塗料を製造する会社で、戦時中には航空機部品メーカーへと転換し、そこで体得した油圧技術を終戦後の新たな市場開拓へと生かした。1950年代、試行錯誤の末に開発した油圧式舵取り装置は当初はまったく売れなかったが、「ケーブル式より断然良い」と漁師たちの間で徐々に広まり、今日では日本に数社しか存在しない小型船舶向け操船装置メーカーの 1つとして、漁船からプレジャーボート、作業船、大型貨物船まで幅広く製品を供給している。

海の上では、まっすぐ進むことさえ簡単ではない。船は風や潮の影響を受け、用途によって求められる動きも大きく異なる。たとえば漁船では、漁師が魚群探知機を確認して漁場を探す一方、潮立てをはじめ、釣果にも関わるさまざまな場面で細かな操船が求められる。こうした操船を支えるのが、船の向きを保つオートパイロットをはじめとする各種の操船機器だ。マロールは、それぞれの船の目的や仕様に合わせてこれらの機器を組み合わせ、操船者の負担軽減に貢献している。

マロール株式会社 代表取締役社長 兎田 朗彦氏。マロールは、小型船舶向け操船装置で国内数社、大型船舶向け油圧リモコン装置では国内でほぼ 100%のシェアを誇る

同社の製品の特性は「一隻ごとに仕様が異なる」ことだ。船のサイズ・用途・装備品によって組み合わせは無数に広がる。その一隻一隻カスタマイズした配管・配線を可視化した全体設計図が「系統図」である。

2. 6,800枚の CAD 図面が、記憶と勘の中に眠っていた

マロールでは、顧客との商談は過去の系統図をたたき台として進められる。そして長年蓄積されてきた系統図は実に 6,800枚以上。以前は、それらを横断的に検索する仕組みは存在しなかった。設計部門は CAD データで管理していたものの、検索性はなく、過去の図面を探すには担当者の記憶と経験に頼るしかない状態だった。

同社営業部 神戸営業所 神戸営業係 主任の小栗 隆志氏はこう振り返る。「分厚いファイルを1枚1枚めくって、6,000枚から近い図面を探していました。自分が担当していない案件はどこにあるか見当もつきませんでしたし、お客様との打ち合わせ中に追加要望が出ても、その場では対応できませんでした」と振り返る。

系統図の作成を担当する技術部 油機設計課 機械設計係 青木 真寛氏も、営業担当から依頼がくるたびに「類似した図面を探しながら1枚の図面を書くのに、10時間かかることもありました」と当時の苦労を明かす。また、営業部門から技術部門へ頻繁に問い合わせがあり、本来注力すべき製品開発の時間も圧迫されていた。

この状況を変えようと立ち上がったのが、情報システムの要として 30年以上にわたり FileMaker を使い続けてきたマロール 常務取締役 技術部・品質管理部 統括部長 の兎田 正憲氏だ。「ニッチな業界で出来合いのソフトは使えない。自分たちで作ってしまおう」という社風を体現し、Mac ベースの FileMaker を 30年前に導入。営業管理・図面依頼管理・生産管理など、社内の多くの業務システムを自ら構築してきた人物だ。

マロール 常務取締役 技術部・品質管理部 統括部長 兎田 正憲氏

3. AI との出会い ── カンファレンスでの「直談判」

転機となったのは 2025年の Claris カンファレンスだ。「AI を FileMaker で活用できないか」という問題意識を持っていた兎田 正憲氏は、Claris Platinum パートナー・寿商会の若林 孝氏のセッションを聴き、その場で直接相談を申し入れた。

「営業報告の要約と、系統図の検索。この 2つを AI でなんとかできないかという話をしたんです」と兎田 正憲氏。長年の現場経験から課題を明確に言語化し、解決策を求めて行動した姿勢が若林氏の心を動かし、今回のプロジェクトの出発点となった。

若林氏はこの課題解決に乗り出すにあたって、あえて図面検索を先行させることを提案した。ゴールが明確な系統図検索でプロンプトエンジニアリングを体験してもらうことで、「管理職の真のニーズを引き出す」という難しさを伴う営業報告集計も後でスムーズに進む ── そうした戦略的な見立てがあったからだ。

系統図検索の実装は、2段階で構想した。

  1. 型式検索:AI に各系統図の画像を解析させ、図面中に登場する製品型式を自動抽出する。
  2. セマンティック検索:AI が図面内容を自然言語で説明した要約文を生成し、その意味的類似性を活用した検索を実装。

この 2つの AI 活用機能により、製造業特有の「図面の言語化・検索」という難題に、ローコード開発の枠組みの中で応えることが可能になった。

「AI が系統図を文章で説明してくれました。絵でしか見ていなかったものが言語化されていて、最初に見た時は『すごいな』と本当に思いました」とマロール 代表取締役社長 兎田 朗彦氏。設計担当の青木氏も「サンプリングしていくつか精査してみましたが、内容として間違いはありませんでした。なんでこんなことがわかるのか、という感じです」と AI による図面の解説文章の精度の高さに驚きを露わにした。

4. “教師データ”の壁 ── 兎田氏が挑んだ「言語化」という難業

しかし、ここで大きな壁が立ちはだかる。AI が図面の意味を正確に解釈するには、マロールの製品体系・配管の考え方・組み合わせのルールをテキスト化し、教師データ(Markdown)としてプロンプトに組み込む必要があった。

AI 開発で PoC に取り組む若林氏は、失敗する PoC には共通のパターンがあると指摘する。「序盤は私たちが主導して進められます。しかし中盤になると、お客様の社内ノウハウをテキスト化していただかないと、プロンプトの改善がそれ以上できないフェーズが必ず訪れます。そこで作業の主役がお客様側に移るのですが、その負担に対応しきれず、頓挫してしまうケースがあります」

それを乗り越えたのが、兎田 正憲氏の愚直なまでの努力だった。操舵装置・操作部・オートパイロットなど製品カテゴリごとに詳細なテキストファイルの作成にとりかかった。当初は手作業で書き起こしていたが、途中で AI 自身を活用する方法へ転換。自社のホームページやカタログ・取扱説明書を AI に読み込ませて骨格になる部分を生成させ、旧機種の情報や現場特有の知見を肉付けしていく方法に切り替えた。「AI 側で 8割方それらしくまとめてくれるので、残りを修正・追記していく形で進められました」と AI 活用のメリットを語る。

この作業を技術面で支えたのが、寿商会が提案した「インコンテキスト・ラーニング」(ICL : In-Context Learning)という手法だ。大規模なファインチューニングを行わずとも、プロンプト内に具体的な例示を組み込むことで AI に推論させられる。寿商会がそのプロンプトのたたき台を作成・提供したことで、兎田 正憲氏は「AI への指示の出し方」のコツを体得し、その後は自身で分類検索の種類を自律的に拡張できるようになった。

マロールの内製化を Claris Platinum パートナー 寿商会が伴走支援

「ゴールは、お客様が AI を自走できる状態になることです。たたき台を渡してコツをつかんでいただければ、あとはご自身でどんどん育てていける。その状態になったマロールさまは、理想的な形だと思っています」(若林氏)

このドキュメント整備という地味で膨大な作業を、兎田 正憲氏は「Claris からの今回の事例取材の締め切り」を一つの目標として完遂した。「取材があったから短期集中で頑張った」と本人は笑うが、その成果は現場を確実に変えた。6,800枚超の図面から目的の 1枚を、FileMaker と AI で数分で特定できるようになったのだ。

系統図検索画面

5. 現場に根付いた変化、そして次のステージへ

「お客様との打ち合わせ中、その場で似た図面を引き出せるようになりました。8割でも近いものを見せられれば、商談の質が全然違ってきます」と小栗氏。設計部門への問い合わせが減り、技術者が本来注力すべき製品開発に集中できる時間が生まれた。代表取締役社長の兎田 朗彦氏も「以前のような営業サポート業務を減らせたので、技術部には開発に集中してもらえます」と手応えを語る。

兎田 朗彦氏の視線はすでに次のステージを向いている。営業報告の自動要約、技術 Q&A のナレッジベース化、さらには今回構築した教師データを活用した社内 AI アシスタントの開発——「問いに対して AI がまず答え、技術部門がフォローし、その情報をまた AI に学ばせていく。そのうち自分たちが答えなくてもよくなるのでは」(兎田 朗彦氏)という構想は現実味を帯びている。

Claris Platinum パートナーとして多くの AI 案件を手掛ける若林氏が今回最も強調するのは、成功の本質だ。「AI プロジェクトを成功させる鍵は、マークダウン(Markdown)つまり“教師データ”をいかに整備できるかに尽きます。マロール社内で 30年にわたり誰も文書化していなかったノウハウを技術部・品質管理部 統括部長である兎田さんが根気よくテキストに落としてくれました。それがすべての土台になりました」と振り返る。

外注すれば 3,000万円を超える規模にもなり得る AI システムが、FileMaker と生成 AI の組み合わせ、そして現場を知り抜いた内製担当者の情熱によって実現した ── マロール株式会社のこの取り組みは、製造業における「AI を使った FileMaker 内製開発」の、確かなモデルケースである。

左から マロール 代表取締役社長 兎田 朗彦氏、常務取締役 技術部・品質管理部 統括部長 兎田 正憲氏、営業部 神戸営業所 神戸営業係 主任 小栗 隆志氏、技術部 油機設計課 機械設計係 青木 真寛氏、寿商会 代表取締役社長 若林 孝氏

【編集後記】

マロールの取り組みが示すのは、AI 活用は必ずしも大規模な基幹システム刷新から始める必要はないということだ。現場に蓄積された図面、仕様書、過去案件、問い合わせ履歴といった既存資産を FileMaker 上で整理し、そこに AI を組み合わせることで、熟練者の経験に依存していた業務を、誰もが再利用できる仕組みへと変えることができる。個別受注、多品種少量生産、部門ごとの業務最適化が求められる製造業において、FileMaker は現場の知識を素早くアプリ化し、AI 活用へつなげるための柔軟な基盤となる。

2026年11月11日(水)〜 13日(金)開催の「Claris カンファレンス 2026」に、マロール様が登壇し、本事例について詳しくご紹介くださいます。
「複雑な図面も AI で分類・検索。Claris FileMaker × AI で「すぐ見つかる」を実現した実践事例」
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