事例

PDA から iPhone へ移行して 8 年間安定稼働している営業支援システムとは?

目次

  1. 創業から 60 年にわたり食卓に珍味を届ける老舗の取組み
  2. 基幹システム AS/400 を使いながらも営業システムを刷新
  3. PDA から iPhone へ スムーズな移行を実現
  4. 半数の社員が PDA 時代を知らない iPhone ネイティブ世代に
  5. DX を進化させるための次の一手

1. 創業から 60 年にわたり食卓に珍味を届ける老舗の取組み

北海道帯広市に本社を構え、サケやタラ、イカなどの海産物の各種珍味を主に、農産物や乳製品などの加工食品を製造販売する株式会社江戸屋。同社の製品は、北海道内の空港売店をはじめ、観光地の土産物店、ホテル、スーパーやコンビニなどでも販売されている。

江戸屋は 1955 年(昭和 30 年)に海産珍味販売業として創業した、60 年を超える歴史を持つ老舗企業だ。北海道の海産物や、道内の地元業者や農協などから仕入れたじゃがいもや枝豆などの農産物を原材料として自社工場で真空フライや燻製などの加工を行い、徹底した素材の味を追求している。

主な商品は「氷下魚(こまい)」「鮭とば」「ほっけ」「帆立貝柱」「さきいか」などおなじみの魚介製品や、肉類製品、豆類製品など。そのほか、ハスカップ農家から仕入れた果実を風味を損なうことなくピューレに加工したハスカップアイスクリームの製造・販売など、扱う商材は多品種にわたり、合計で約 350 種類にもなる。

江戸屋の扱う珍味の数々

ハスカップ農家から仕入れた果実を使った アイスクリーム

江戸屋は創業以来、人々の口に入る商品を扱うことから、食の安全に強い思い入れを持っている。北海道の珍味製造メーカーのなかでも早いうちからパッケージへの賞味期限印字を導入するなど、昔から品質管理を徹底してきた。

2015 年には道産食品の衛生管理のために設けられた独自基準「北海道 HACCP(ハサップ)」の認証を取得。2020 年には、安全な食品の提供を目的とした食品安全マネジメントシステムを確立するために安全規格FSSC22000 を取得し、食品の生産・加工・流通の各段階で発生しうる事故を未然に防ぐために厳格な管理基準を設けている。

創業から 60 年にわたり家庭に珍味を届ける江戸屋にはファンも多い。固定客に対しては、大手スーパーなどとの流通 BMS(Business Message Standards)や EDI(電子データ交換) による取引で、一定の売上を継続的に確保している。その一方、空港・道の駅・ホテル・土産物売り場では、観光客などの一見客も多く、売り場位置が売上に影響することから外回り営業部門にも昔から力を入れている。現在は 12 名の外勤営業が活躍しているとのことだ。

新千歳空港内に陳列されている 江戸屋 の商品

2. 基幹システム AS/400 を使いながらも営業システムを刷新

江戸屋は経営者の IT 投資に対する意識が高く、他社よりも先行して必要な投資を行ってきた。同社では取引先が個人商店から大手スーパーまで多岐に渡ることから、発注依頼は電話・FAX・Web・EDI・流通 BMS など柔軟な体制で処理している。基幹システムの核となるのは IBM AS/400(現:IBM i )だ。アプリケーションとデータベースが一体で処理速度が極めて速いので、長年同システムを使い続けている。

言うまでもなく、北海道は広大であるため、営業の担当範囲も広い。営業担当者が得意先を回った後に帰社して受注データを打ち込みするのは非効率だ。そこで 2000 年代前半にカシオ計算機の携帯情報端末(PDA) カシオペアを導入し、3G(CDMA)携帯電話と連携して外回りの営業担当者が外出先からも発注できるようにしていた。それでも当時の 3G(CDMA)の通信速度は 64 〜 144 kbps であり、発注データを送信するのにもケーブル等の外部接続が必要で、その手間は大きかった。

発注データの送信は最小限のテキストデータであったためデータ送信量は小さかったものの、営業活動をするうえでは作業の手間も多く、画像を扱えないことからシステムリプレースの要望は年々高まっていた。そのような状況のなか、PDA 端末のメーカー生産が中止になる。代替品もなくなることから、端末の iPhoneへの移行検討が始まった。

3. PDA から iPhone へ スムーズな移行を実現

検討を開始した当時の iPhone の最新バージョンは iPhone 5。 同社で IT システムを含めて管理をしている 江戸屋管理部 渡辺直樹氏は当時をこう振り返る。

左から 江戸屋 渡辺氏、 DBPowers 西野氏、有賀氏、山下氏

「2014 年に検討を始めた当時の iPhone の世代は、iPhone 5 でしたが、 PDA と比較してもかなり小さい端末で、さまざまなことができる。なにより、PDA と違ってクレードルも必要ないですし、データ送信のためのケーブルや同期作業などの処理もいらなくなるので、外回り営業もやりやすくなることを期待していました」

導入時の課題になったのは、現場からの意見だった。

「スマホなんて触ったこともないから、使えないかもしれない」

そこで支援を求めたのが、北海道で Claris パートナーとして iPhone 業務アプリの構築を支援していた 株式会社 DBPowers だった。同社代表の有賀氏が目指したのは、斬新な機能追加をせずに使い慣れた操作性を踏襲した UI(ユーザインターフェース)だった。また、江戸屋 渡辺氏と有賀氏で以下の目標を共有した。

  1. 作業効率アップ
  2. コスト削減
  3. 使いやすさの追求

この 3 つをコンセプトとした iPhone アプリの完成を目指し、FileMaker プラットフォームを使っての開発に着手する。開発を担ったのは、同社取締役で開発エンジニアの西野氏。従来のシステムの操作手順を踏襲し、画面遷移は「アプリ起動」→「得意先選択」→「発注」→ [バーコードスキャン] → 「数量確定」という 5 ステップと最低限に。発注はフリック操作で、受注・サンプル発注・返品処理が選べるようにした。

フリック操作で、受注・サンプル発注・返品処理 が選べる

4. 半数の社員が PDA 時代を知らない iPhone ネイティブ世代に

PDA 端末から iPhone へ移行した際に、極力同じ操作性を追求するとしながらも、紙の運用を減らすための工夫がいくつか機能に追加された。その代表的な例が「前回と同じで発注お願い致します」という文言だ。以前の PDA では操作が複雑であったが、iPhone アプリでは即時過去の受注情報を検索することができる。また、取引先マスタも以前は紙で携行していたが、現在は瞬時にデータベース検索できるため、不要となった。紙とPDA での操作していた時代は、重い PDA 端末を持って発注入力後に個別にデータ送信という作業も発生していたが、今は iPhone 1 つで全てが完結する。導入当初から営業部に新入社員も増え、現在では既に5割の社員が PDA 時代を体験していない、iPhone だけで受注処理をしているデジタル・ネイティブ世代になっているという。

2015 年の稼働から 8 年が経過し、iPhone の端末入替えや FileMaker のバージョンアップは随時行っているものの、過去に障害はゼロ。安定運用を続けているという。

iPhone でバーコードスキャンすると商品画像が表示され発注数量を入力できる。 PDA よりもわかりやすくなった

5. DX を進化させるための次の一手

現在、情報システム管理をする傍ら、管理部で中核的役割を担っている渡辺氏に次の一手を聞いてみた。

「AS/400 では担当者別の売上・粗利は管理していますが、物流費や販促費などの経費を加えてのデータ管理はできていません。AS/400 側に手を加えるとコストも時間も必要になるため、Claris プラットフォームを活用して、販売データの分析に取り組む予定です。珍味は購入時に会社名を確認せずにパッケージで衝動買いする顧客が多いため、今まで顧客分析に力を注いできませんでした。しかしこれからは営業の管理数値を可視化するだけではなく、さまざまな見える化にチャレンジしていきたいです」と AS/400 のカバーし切れない情報を Claris FileMaker が支援する協調システムの展望を語る。

同社は 2021 年に東京・日本橋におつまみバル「あてのわ」をオープンし、江戸屋の代表的なお酒の「あて」を楽しめる路面店を営んでいる。 デジタル化のその先にあるデータ分析の結果、今までとは違うアイデアが生まれ、若者向け・女性向けの新しい珍味が提供される日もそう遠くないのかもしれない。

おつまみバル「あてのわ」(東京日本橋)

【編集後記】

取材に対応いただいた渡辺氏は、江戸屋に入社して 30 年になるという。工場勤務・配送部門などを経て現在管理部に所属する氏は、自身も大の珍味好きで江戸屋の商品のファンでもあるという。渡辺氏にイチオシ商品を聞いてみると「鮭皮チップス」だそうで、鮭皮を油で揚げるのではなく、オーブンで焼き上げる独自の製法で臭みを抑えてあり、ビールやレモンサワーなどの炭酸系に合うとのこと。糖質 0(ゼロ)で、コラーゲンを60,000mg と豊富に含むので、女性に人気の商品だとか。筆者も今宵は鮭皮チップスをあてに、晩酌を楽しむことにしよう。