事例

名門:帝京が決めたレガシーからの脱却

昭和 18 年 (1943) に旧制帝京中学校として開校し、現在では野球・サッカーなどの競技でプロの世界に入る人材を輩出している帝京中学校・高等学校 (東京都板橋区) は、各種スポーツのみならず難関大学合格でも知られている。

中学校が 2 コース、高校は 4 つのコースに分かれ、多様な生徒の個性・資質に応じた教育を展開している。一貫特進コースでは 6 年一貫であることを活かして、中学の早い段階から自学自習の姿勢を築いており、高校でのハイレベルな学習についていけるよう特別な授業編成をおこなっている。高等学校は、進学コース、特進コース、インターナショナルコース、アスリートコースの 4 コース制をとり、授業の構成も大きく異なっている。

2020年 夏季東京大会でも優勝を飾った

医師・弁護士を目指して難関大学合格に向けて学習に励む生徒。留学に備えて英語技能を高めている生徒。スポーツで全国大会・世界大会へ向けて激しい練習を続ける生徒。どのコースでもそれぞれの目的に向かって、努力を続け、最後まであきらめず頑張りぬく精神は、帝京の伝統である。それを支えているのは教職員の努力、そして、特徴的な教育システムだ。各生徒の評価は、当然コースによって大きく異なるが、中高合わせて約 1,200 名の生徒の管理は、校務システムで電子化されている。

レガシーシステムに振り回された 15 年

帝京中学校・高等学校の教務部では、1990 年代後半から Excel や Access を用いてデータを管理していたが、多様なコース制を導入した 1998 年頃から管理が煩雑になったため、2004 年の新校舎建設を機に国内大手の上場 IT 企業に校務システムの構築を依頼。それから 15 年間、DBMS で校務専用システムを運用してきた。

数億円が費やされた同システムは当初の計画通りに稼働し、その後も安定稼働し続けた。しかし、新しいコース設定や、成績処理が必要になる度にエンジニアと打ち合わせをして仕様変更を加えていく必要があり、そのうち、システムの年間運用費用がボトルネックとなって、大幅な機能拡張ができない要件も発生してきた。

同時に、文部科学省の大学入試制度改革の取り組みにおいては、同省の発表から実施までの期間が短いため、固定化した校務システムを導入していた同校では、リリースまでの時間が短すぎてシステムが間に合わない状況に陥った。

大手 IT ベンダーが組み上げてブラックボックス化した校務システムは、職員が触れることができず、データに問題があるたびにエンジニアを呼び寄せ、コマンドを叩いて原因を調査するなど、問題発生からオンサイトでの解決まで 1 週間を要することも頻繁にあった。

毎年訪れる年度更新は職員にとっての大イベント

3 月といえば教職員にとっても春休みと思われがちだが、実は一年で最も忙しい時期である。成績を出し、卒業生を送り出し、進学準備、新クラス編成、入転校の作業、入学準備など多くの事務作業に追われる。そのような中でのシステム関連のトラブルは、大きな悩みの種であった。同校では、毎年発生する年度更新の際、在籍するはずの生徒がいないなど、大きな問題を抱え続けていた。当初は、発生の度にベンダーにエンジニアを派遣してもらっていたが、毎年発生するトラブルに、途中から年度更新の際には常駐してもらうことになったという。それでも、一発で年度更新が終了することはなく、2 度、3 度のやりなおしが発生していた。

これはアプリケーションの設計上、年度更新を確定すると個別のデータ変更ができない仕様にしていたためである。個別のデータを変更するには一旦全データを戻す作業が必要だった。複雑化・ブラックボックス化した既存の基幹システム (レガシーシステム) を維持することに多くのコストや人的リソースが費やされ、新しいデジタル技術などへの投資に IT 予算を分配できず、組織の変革を低下させるという、経済産業省の DX レポート「2025 年の崖」にまさに直面していたと言える。

左から 情報管理主任:三輪 清隆氏、学校長:星野博史氏、事務長:渡辺 毅氏

DX 実現へ - 変える勇気と迅速な経営判断

スポーツの世界では一瞬の判断の迷いで勝利を逃す。迅速な判断の重要性は、企業だけでなく学校運営においても同じである。

帝京中学校・高等学校校長 星野博史氏は、「情報化・グローバル化に伴い、知識・技能だけではなく、思考力・判断力・表現力を習得させるための教育改革が盛んに叫ばれている。本校においても、今まで培われてきた伝統的な教育を柱としながら、新しい教育を積極的に取り入れる必要がある。レガシーシステムがボトルネックになって改革が進まないことはあってはならない」と考えた。そこで、情報管理主任:三輪氏と事務長:渡辺 毅氏とともに、帝京の複雑なコース設定と中高一貫教育を管理する教務システムの選定を始めた。

複数のシステムベンダーとの打ち合わせを経て、最終的に選ばれたのは、ウェルダンシステム株式会社(https://welldone.co.jp) が提供する、FileMaker プラットフォームを採用して開発された「スクールマスター Zeus」であった。選定にあたって三輪氏が重視したのは、変化に耐えうるシステムであることだった。

東京都内私立中高協会 230 校が集まる勉強会で、FileMaker プラットフォームを活用して様々な取組みをしている学校があることは以前から知っており、またスクールマスター Zeus の機能は同校が求めていたものに合致した。

コスト面でも大きなメリットがあった。事務長の渡辺氏によると、初期導入コストは 1/3 となり、今後の運用コストをトータルで考えれば、1 桁違う金額の差が生まれるという。その一方で、毎年悩まされていた年度更新の問題についても、「スクールマスター Zeus」では標準機能でロールバック機能が搭載されており、春休みの憂鬱から開放されたそうだ。

ホワイトボードも電子化へ

15 年間同校の運営を支えてきたカスタマイズされたシステムを捨てることに職員の抵抗はなかったのだろうか ?「システムの入れ替えで混乱は全く発生しなかったです。教職員からは直感的に使えて迷いがない。いままでより簡単に入力できる」と高い評価が得られていると情報管理主任の三輪氏は笑顔で答えてくれた。また星野校長も、「いままで全生徒 1,200 名のうちどのくらい休んでいるかは、各担任が朝礼で出欠を取り、職員室にホワイトボードに書いた数が夕方に集計されたものを見て把握していたが、今回のコロナ禍で新システムが早速役立っている」という。

生徒の出欠は、病欠、事故欠席のほか、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症の濃厚接触による出席停止などに区分する必要があるが、多くの先生が朝のホームルーム後に打ち込みできるようになったため、校長室にいながらリアルタイムに状況が把握できるという。以前のホワイトボードの時は、クラスの出欠席人数の把握しかできなかったが、今では、誰が、どれくらいの日数休んでいるのかも把握できるようになった。

中高一貫校のプログラム強化へ 教育改革を前進させる

帝京での中高 6 年一貫教育では、中学 3 年生で高校 1 年生のカリキュラム履修を開始し、6 年時には受験対策の演習に取り組む生徒が多い。また、インターナショナルコースへの移動も可能になっている。生徒の希望を叶え、多様性を育むためにもシステムの刷新は重要な経営判断だったといえる。

同校では今年度 Wi-Fi 6 の環境を整備し、職員に iPad を配布。2021 年度からは生徒への iPad 導入も開始される。同校では、生徒ひとりひとりの探究活動、生徒会・委員会、学校行事、部活動、留学、スポーツ活動などにおける主体性評価 (*) は理想の評価であると考えており、成績だけにとらわれない帝京での 6 年間の学びを継続的に多角的な視点で記録している。これから文部科学省が取り組む大きな変化を組み入れて、柔軟に対応できるシステムを作り上げていくためにも、ウェルダンシステム株式会社と一緒に学校現場のニーズについて積極的に情報交換し、新しい教務システムを作っていきたい、と今後の抱負を語ってくれた。

(*) 主体性評価:文部科学省が進めている大学入試選抜改革の取組みの1つで、「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」の評価。「学力の 3 要素」を多面的、総合的に評価できるよう、学力以外に、受験生自身のそれまでの取り組みや人柄などさまざまな要素を評価の対象にするもの。