事例

DX を実現させた金沢の老舗企業が取り組む次の一手とは?

地方で産業が衰退するのではない。経営者の考え方で衰退を招くのだ。

日本国憲法が施行された 1947 年(昭和 22 年)、石川県金沢市に文房具卸業として設立された「株式会社寿商会」は、長年にわたって地元から愛されてきた老舗企業だ。同社はその祖業である文房具卸部門を 2019 年(令和元年)に他社に事業譲渡して撤退、同時に富山・福井事業所を閉鎖した。近年、地方のオフィス用品通販分野では ASKUL、カウネット、たのめーる、Amazon などが地元の法人需要を取り込んでおり、地方で卸業を営む企業は生き残りをかけての業態転換が求められている。

寿商会は、祖業であった文房具卸業の他に、複合機の事務機器などを手掛けていたが、近年のデジタル化によるペーパーレスへの取り組みなどでインクやトナーなどの消耗品の需要が年々減少傾向にあった。そのような状況で会社を引き継ぎ、2013 年(平成 25 年)に社長となったのが、同社 3 代目の 若林 孝氏だ。

「地方の人口が減少し続け、デジタル化も進むこの時代、文具卸業やコピー機の分野は今後市場規模が縮小する可能性が高く、先行きは不安定です。ただ、市場規模が縮小したとはいえ、需要はゼロではありません。惰性で従来通りの商品を提供するのではなく、新しい視点を打ち出して努力すれば、地方の企業でも大手企業と渡り合えます。当社は地域の新しいお客様からの信頼を糧にしながら、新しいビジネスにも挑戦し続けています」と若林氏。

ライブオフィスで勤務する社員と若林氏(左から 2 人目)

10 年以上先を見据えた人への投資

2008 年 9 月のリーマン・ショックに端を発した景気悪化で日経平均株価がバブル後の最安値となる 6,994 円まで下落した。それと前後して、文具卸業やコピー機の将来を危惧した若林氏が 1 人でゼロから取り組み始めたのが、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を使ったアプリケーション開発だ。

リーマン・ショックの少し前、米国では 2007 年に iPhone が、日本でも 2008 年に iPhone 3G が発売された。当時から若林氏に見えていたのは、モバイルと IT を活用したビジネス展開だった。

「誰もが iPhone を持って仕事をする日が来る。企業向けのアプリ開発需要はこれから大きく成長するはずだ」そう確信した若林氏は寝る間を惜しんで FileMaker を習得し、2008 年 7 月に FBA ( FileMaker Business Alliance ) への加入審査に合格、システム開発会社として Claris の認定パートナーとなった。

FBA(現 Claris パートナー)に加入した後、若林氏は人材採用と人材育成へと舵を切り、祖業が順調なうちにと、赤字覚悟でアプリケーション開発へのビジネス展開を開始した。するとすぐに転機が訪れる。それは 2010 年の iPad の発売と、2012 年の FileMaker Go 無償化だ。ちなみに、 2012 年に寿商会のサポートにより DX を実現した丸友青果の導入事例ビデオが Claris ジャパンの YouTube チャンネルに公開されているので、ぜひご覧いただきたい。

「 2010 年のリリース当時は有償アプリとして販売されていた FileMaker Go が無償化され、誰でも安全にデスクトップ上のビジネスデータに iPhone や iPad からアクセスできるようになったときには、目の前に突然明るい道が見えたようでした。iPad をビジネスで活用したいという通信事業者の方々からの支援もあり、モバイルアプリ開発の問い合わせが一気に増えました」

2011 年に ACN ( Apple Consultants Network )への加入を遂げていた寿商会のソフトウェア事業は、ここにきて大きな転換期を迎えた。 2014 年には、これまで採用してきた人材の中からも FileMaker 技術認定資格を取得する者が増え、アプリ納品実績が 50 社を超えた。その実績から、FBA 加入からわずか 6 年で FBA Platinum 資格を取得。同年発表した iPad の高速道路メンテナンスでの活用事例(ネクスコ・メンテナンス東北)や、金融機関での導入事例(豊田信用金庫)は、大きな信頼を勝ち得た事例として高く評価されている。

iPad 導入から 12 年経った 2023 年 4 月現在でも、丸友青果はバージョンアップを繰り返しながら iPadとFileMaker を利用し続けている。また、ネクスコ・メンテナンス東北では、この 10 年で 13 拠点にまで利用を拡大、現在は iPad 300 台、iPhone 600 台を利用しているという。

日本航空、Osaka Metro、大手建設会社などから信頼されるビジネスへ

寿商会が納品したアプリは、その後、円滑な社内コミュニケーション、情報の一元管理、ペーパーレス化による書類作成や集計業務の省力化と時間短縮など、多くの導入効果を上げている。しかし近年その提供形態に変化が見られると言う。

「お客様に完成品を納品する受託開発のビジネスから、アジャイル開発の手法を用いた内製化支援や、お客様の内製開発と当社での開発を組み合わせたハイブリッド開発にシフトしてきています。IT エンジニア不足は日本でも大きなビジネス上の課題です。当社のエンジニアも簡単に増員できるわけではありません。一方で FileMaker のようなローコード開発ツールを採用する企業が増えたおかげで、現場をよく知る人が、UI 開発をすることができるようになりました。

業務システムのアプリ開発においては、業務フローのヒアリングやワークフロー設計、UI デザイン開発が見積もりが難しい点です。そこを現場を一番よく知っているお客様自身に担っていただくことで、当社のエンジニアは外部連携や、複雑な自動化処理スクリプトなどに注力することができ、受託開発よりも多くのお客様を幸せにすることができると感じています。

2018 年に民営化された Osaka Metro の運転部の皆様が FileMaker を使ってローコードでのアプリ開発に取り組まれました。また、日本航空のパイロットの方も FileMakerで EFB ( Electronic Flight Bag )のアプリ開発をされています。それらを当社が技術支援をしました。それを知ってさらに多くの鉄道、航空会社、建設会社などのお客様が Claris FileMaker を採用して自社内のアプリ開発に挑戦されています。

お客様ご自身でアプリ開発をされているからこそ、要件定義もしっかりしています。当社が何をお手伝いすべきなのかが明確になり、エンジニアとして新しい技術を使用して成長する機会をいただけて感謝しています。FileMaker は、JavaScript や PHP との親和性もありますので、この分野での人材育成に力を注ぐことでさらに多くのお客様を幸せにできると考えています」(若林氏)

コロナ前後で残業 75% 削減。オフィスをきれいにしても、業務を効率化できるわけではない。

15 年前、会社の存続のために業態転換を決断した若林氏は、IT を駆使したサービスを提供することで、新しい市場を開拓してきた。そんな寿商会が 2022 年から新たに挑戦しているのが、ライブオフィスだ。ソフトウェア事業をゼロから立ち上げてきた寿商会だが、OA 機器でのビジネスも主軸の 1 つであり続けている。中小企業の DX への取り組みが加速しているなか、先んじて DX を実現し、改革を実現してきた寿商会だからこそ、見せられる世界があるはずだと言う。

実際、デジタル化によるペーパーレスが実現しているだけで、業務効率化を実感している企業は少ない。

寿商会が提供するライブオフィスとは、自分たちの取り組みをショールーム化し、そのままお客様に見ていただく取り組みだ。当然セキュリティの懸念もあるため、寿商会ではゼロトラストネットワークを基準に Google Workspace や Claris プラットフォームを使ってインフラ構築し、さらに次世代型ビジネスフォン、テレビ会議システム、スマートロックなどを使って新しい職場環境を構築している。そしてその構築ノウハウを unClouded Lab®︎ としてブランド展開し、クラウド実践ショールームとして公開している。

unClouded Lab®︎を訪問したお客様には iPad を用いて コンシェルジュがお悩み相談とソリューションを提案する

unClouded Lab®︎ は、経済産業省の事業再構築補助金を申請し 6000 万円で採択された。自己投資と併せて総額 1 億円以上かけて新社屋を建設し、"ライブオフィスを用いた IT・テレワーク導入コンサルティング事業" として展開している。このライブオフィス( unClouded Lab®︎) には、全国へ e-Learning などの教育コンテンツやライブ Web セミナーを配信・中継をするための機器と防音設備を備えており、昨年開催された Claris Engage 2022 で配信されたセッションも 金沢本社のライブオフィスのスタジオで収録、配信している。

防音設備を備えた配信スタジオで配信する若林氏

若林氏がこれまでに登壇したセッションの一部を紹介しよう。

今回の新社屋での取り組み成果について若林氏に聞くと意外な答えが返ってきた。

「新オフィスの建設はきっかけであって、これが成功のポイントではないです。リモート会議を実現し、社員は必要なときに出社し、直行・直帰ができれば、朝夕の渋滞も避けられて移動の時間も減りますから必然的に生産性は上がります。今でも朝礼はしていますが 7 割の社員がリモート参加です。オフィスをきれいにしても、そもそも社員が会社に来ていないんです(笑)。でも、デジタルと IT のチカラで組織と働き方が大きく変わりました。事業再構築補助金を活用したことで思い切った投資ができたのは事実ですが、やはり社員の理解と協力がすべてです」と笑顔で語る。

「社員が持っているパワーを解き放つ。もう時間で社員を縛ることはやめるべき時代にきています。営業なら会社に戻らずお客様に寄り添って信頼を勝ち得ていくべきです。お客様も、当社の社員も、信頼できる人とだけビジネスをすべきだと思いますし、そこには新しいサービスの形があると思います」

次の 10 年を見据えた若林氏の挑戦はこれからも続く。

【編集後記】

今から 15 年前、会社の存続のために新たな業態へと転換を決断した寿商会 3 代目社長の若林氏は、IT を駆使したサービスを提供することで、新しい市場を開拓することを目指す。しかし、寿商会には IT 企業としての経験が乏しかったため、サービス提供に必要な技術やノウハウが不足していた。そこで若林氏は率先垂範し、優秀な IT エンジニアを採用することに力を入れた。そして、社員たちが Claris FileMaker を利用したローコード開発に取り組むことで、短期間にサービスを完成させることに成功したのである。大手システム開発会社がひしめくなかで、大手企業が寿商会に仕事を依頼する理由がこのインタビューで垣間見えた。

unClouded Lab®︎ の Web サイトはこちら:https://uncloudedlab.jp/