事例

子どもとふれあう時間を増やすため、養育の記録や管理、回覧、集計を効率化

目次

  1. 児童養護施設の情報管理に柔軟な対応が期待できるアイリスを採用
  2. 業務に合わせて修正し、約 1 年間かけてアプリを育てる
  3. 膨大な時間をかけていた日々の記録の集計が自動生成できるように
  4. デジタル化によって子どもたちとふれあう時間が増加
  5. DX のその先へ!データから次の一手を見出すために

1. 児童養護施設の情報管理に柔軟な対応が期待できるアイリスを採用

神奈川県川崎市麻生区にある社会福祉法人 川崎愛児園が運営する児童養護施設「白山愛児園」では、何らかの事情で保護者と暮らせない子どもたちが、6 人ごとのユニットに分かれて職員と一緒に生活している。現在は 2 歳から 18 歳までの 30 名が生活する。一定期間だけ預かるショートステイ (宿泊)・デイステイ (日中のみ)や、地域住民の子育て相談に応じる児童家庭支援センターも併設しており、平成 26 年(2014 年)の開設以来、ニーズに合わせて子どもとその親たちを支えている。

白山愛児園の外観

運営母体となる川崎愛児園は、児童養護施設として 1953 年に創設。社会福祉法人 川崎愛児園 児童養護施設 白山愛児園 施設長代理 高木 聡仁 氏は、川崎愛児園での勤務を経て、白山愛児園開設に伴い異動した。高木氏は、「従来の児童養護施設は、基本的に個室のない集団生活でした。食事も一律で献立が決まっており、調理スタッフが作っていました。白山愛児園の計画を立ち上げた平成 24 年(2012 年)当時、厚生労働省の方針が子どもたちをより家庭的な環境で育てるという方向に変わりました。そこで子どもたちに個室を用意し、なるべく家庭的な環境を提供できるよう目指しました。食事もユニットごとに何が食べたいかを聞いてメニューを考え、時には一緒に買い物に行ったり、お手伝いさせながら作るようにしています」と語る。

高木 聡仁 氏(白山愛児園 施設長代理)

高木氏が当初勤務していた川崎愛児園は、養育状況などを記録・管理する業務に、障がい者施設向けの市販アプリケーションを利用していた。そのため、児童養護施設の業務に合わない部分もあった。高木氏は、「業務と合わなくてカスタマイズもできず、やりたいことが反映されませんでした。記録はできるものの、そのデータを他で使いたいと思っても流用できません。例えば、日々の記録の中から会議で取り上げたい項目を拾い出そうと思っても、目視でピックアップして新たに入力する必要がありました。情報共有の仕組みもなく、結局回覧用紙、会議録、日誌など多くの紙を使っていました」と振り返る。

そこで白山愛児園の立ち上げにあたり、新たなアプリ導入を検討する。数社の提案の中から、最も柔軟に現場の業務改善提案を受け入れてくれそうな株式会社ナナイロの児童福祉向け情報管理システム「アイリス」を選定した。

2. 業務に合わせて修正し、約 1 年間かけてアプリを育てる

ナナイロは児童福祉に関する研究や産学協同のシステム開発、IT ソリューションのプロデュース・開発などを行っている。当時は児童福祉の専門家である 芝野 松次郎 氏(関西学院大学人間福祉学部 名誉教授)監修のもと、アイリスの前身となる児童相談所向けアプリを開発して間もないタイミングだった。

代表取締役の荒牧 菜実 氏は、「アイリスは児童福祉施設向けに、関西学院大学と共同開発したアプリです。神戸の児童養護施設で導入いただき、施設長と一緒に実務を教えてもらいながら作っていきました。それを白山愛児園様にご紹介し、さらにこちらの業務に合わせて改善していきました」と語っている。

荒牧 菜実 氏 (株式会社ナナイロ 代表取締役、こども家庭研究所 プロデューサー、関西学院大学 商学部 非常勤講師)

白山愛児園では、川崎愛児園でのデータ運用の反省から、データ分析に対する多くの要望を持っていた。そこで、必要なデータとそれをどのように活用したいかというフロー図を作成し、ナナイロに提示し、それを要件定義としてアイリスに反映した。新しいフローで実際に業務で使用すると、新たな要望も出てくる。これらに対応しながら、約 1 年間かけてカスタム App を育てていった。

このような開発に大きく貢献したのが、ナナイロがローコード開発プラットフォームとして選定している Claris FileMaker である。荒牧氏は、「実際の児童養護施設の業務を教えていただきながら、アイリスを作っていきました。FileMaker は 納品した後でも修正が容易なので、スピーディーにお客様の要望に対応できます。もし他のツールで開発していたら、対応できなかったと思います」と語る。

このカスタム App を約 7 年前に「アイリス」と名付け、児童福祉施設版と児童家庭支援センター版のパッケージアプリとして展開。児童福祉施設版は、いまや全国 70 以上の施設で導入されている。自治体により提出書類の書式が異なるケースも多く、一度決まった運用も行政の制度改正などにより定期的に修正が必要となるが、ニーズに応じて製品アップデートを行う。このようなアジャイル開発も、Claris FileMaker であればパッケージアプリでも効率的に実現することができる。

3. 膨大な時間をかけていた日々の記録の集計が自動生成できるように

アイリスは、ユーザ中心設計の思想で作られている。現場との PDCA を繰り返しながら開発されたことから、児童福祉施設で複数人のユーザが迷うことなく利用できるよう配慮された設計になっている。

例えば、子どもたちの日々の生活記録、健康管理などさまざまな情報を記録でき、これらを容易に集計できる。また、会議で使いたい項目にチェックを入れると、自動的に議題として抽出することも可能だ。さらに、日誌や報告書などの作成から回覧、子どもと職員のスケジュール管理機能なども備えている。

子ども一人ひとりの情報、日々の生活を記録でき、家庭復帰や進学に向けた支援に活用される

施設での記録の中心となるのが、子ども一人ひとりの生活の記録である。職員はローテーションを組んで 365 日複数の子どもたちに対応するため、アイリスの記録によって自分が対応する前に何があったかを把握する。また、子ども一人ひとりに目標を定めた「自立支援計画書」に沿って日々の生活を連動させる必要があり、その目標を確認しながら生活の計画を立てられるようになっている。

同園では児童相談所との連絡回数、家族とのやりとり、通院記録など 1 か月間のさまざまな活動を集計した月次報告書を作成しているが、アイリスによって日々の記録から自動的に報告書が作成できるようになった。

「例えば子どもが病院に行くときは職員が付き添うので、施設内の人員が減ってしまいます。それが重なると内部のスタッフが減るため、子どもへのケアが十分にできません。そういった実態を把握し、改善方法を検討するために月次報告書を活用しています。以前は紙から集計しており、膨大な時間がかかっていましたが、今は簡単に作成できるようになりました」(高木氏)

月次報告書の画面。報告すべき項目が多い分、紙での集計時は負担が大きかった

4. デジタル化によって子どもたちとふれあう時間が増加

現在スタッフの大半はアイリスを利用した施設運営しか経験していないデジタルネイティブで、この環境が当たり前になっている。もっとも、導入当初に川崎愛児園から異動した紙運用に慣れたスタッフのなかには、デジタル化に抵抗感を持つスタッフもいた。

「入力するより紙に書いた方が速いという人もいましたが、一旦入力してデータにすれば転記したり、紙をめくって集計する必要がなくなり、業務が楽になるということを理解してもらいました。今ではみんな、元の紙に戻ることは考えられないと感じています」と高木氏は語る。

アイリスを導入したことで、同園の業務は大きく効率化した。その結果、子どもたちと触れ合う時間を増やすことができた。例えば、前述の子どもと食事のメニューを考え一緒に調理するといったことも、業務の効率化がなければ難しかった。

「重要なのは、何のためにシステムを導入するかです。当園の場合は子どもたちとの時間を増やしたいという目的のために導入しました。それがなければシステムを導入しても業務改善はできません」(高木氏)

セキュリティの高い iPad アプリ FileMaker Go で アイリスへのアクセスも可能になった

5. DX のその先へ!データから次の一手を見出すために

同園は今、子どもの支援目標の作成方法を大きく変えようとしている。これまでは問題解決型で、子どもの問題点を改善していこうという考え方だった。しかしこの考え方では、つい子どもにダメ出しをしがちになる。そうではなく、子どもの良いところに着目し、長所を伸ばす支援を目指す。

「今は養育にかかわる職員や専門職が話し合って目標を決めていますが、これからは子どもと、可能な限り親とも一緒に目標設定をしたいと考えています。そうなってくると、自ずと記録したい項目やデータ活用の仕方も変わってきますので、今新たにアイリスの機能変更について要望を出しています」(高木氏)

ナナイロ側も前向きでアイリスも進化を続ける。AI を活用した機能も積極的に開発中で、次のバージョンでは AI による分析機能を搭載する予定だ。

2023 年 4 月には「こども家庭庁」が発足し、保険、医療、療育、福祉、教育等のこども家庭分野に関する施策が基本的に一本化された。それに伴い、新たに母子保健機能と児童福祉機能を一体的に行う「こども家庭センター」が各自治体に設置されることとなった。これらの動きを踏まえて、ナナイロでは京都に「こども家庭研究所」を新設。新たな仕組みの中で変わる現場の役に立つシステムの開発に取り組んでいる。

アジャイル開発とローコード開発プラットフォームを活用し、「子ども家庭福祉専門家」✕「システム開発力」で、DX のその先へ向かう こども家庭健康福祉の現場は、ナナイロのアイリスでさらに進化していくに違いない。

【編集後記】

こども家庭庁」によると、日本では様々な事情で親と暮らすことができない子どもが約 42,000 人いるとされ、そうした子どもは都道府県が保護し、乳児院や児童養護施設などのさまざまな場所で生活している。同庁では、子どもが成長する過程においては特定の信頼できる大人との間での愛着形成がとても重要とし、里親制度についての理解を求めている。里親制度は養子縁組とは異なり、一定期間自分の家庭で子どもを養育する制度で、安心できる関係の中で他者とのかかわりや将来自分が築く家庭のモデルケースを学んでいくことを重視している。

“里親 = 親になる” と思っている方も多いかもしれないが、里親は英語で「foster carer(フォスターケアラー)」と言われるように、Parent(親)ではなく “代替養育を行う養育者” と考え、施設で暮らす子どもを長期休暇や週末に養育する形もある。たとえ短い時間でも、子どもたちにとっては貴重な体験となる一方で、里親にとっても貴重な体験になるという。多様性が求められる現代社会で、さまざまな家庭が存在しているなかで困難に立ち向かう子どもたちも存在する。改めて日本の里親制度について学び、理解することも社会の一員として大切ではないだろうか?

里親制度について : https://globe.asahi.com/globe/extra/satooyanowa/about/