福岡県南部に位置し、中核市としても知られる久留米市。その生活インフラを支える久留米市企業局 上下水道部では、長年にわたり Claris FileMaker が活用されてきた。しかし、その運用は属人的だった。卓越した技術を持ち、DX を主導してきた職員の退職に伴い、引き継いだ局員たちは「システムのブラックボックス化」という深刻な危機に直面していた。
この課題に対し、同局は地元の Claris パートナーとの連携、そして職員自らが開発を行う「内製化」という道を選択する。その結果、数千万円もの費用が見込まれたシステム改修を、追加コストをかけることなく実現。パッケージソフトでは埋められない業務の隙間を柔軟にカバーし、庁内全体の DX を牽引する存在へと進化を遂げた。レガシーシステムの継承から始まった久留米市企業局の挑戦を追う。
目次
- 24 時間 365 日、“水のプロ集団”が守る 30 万の市民の暮らし
- 一人の“匠”に頼りすぎた 30 年〜ブラックボックス化したレガシーシステムが抱えたリスク
- 「丸投げしない」選択。職員が自分たちのシステムを育てる体制へ
- ERP では埋まらない「隙間」。 FileMaker が担う “賢いサブシステム戦略”
- 数千万円のシステム改修が「実質ゼロ」に
- 料金改定シミュレーションを内製し、適正な賦課徴収が可能に
- 「自分たちでも作れるかもしれない」 自治体向けセミナーが変えた職員の意識
- 小さな成功体験を、庁内 DX の「当たり前」へ
1. 24 時間 365 日、“水のプロ集団”が守る 30 万の市民の暮らし
久留米市企業局 上下水道部は、この街に暮らす約 30 万人の市民に対し、24 時間 365 日、安全で安心な水を安定供給し、適切に下水を処理するという重要な使命を担っている。
同局の事業は「公営企業」として運営されており、一般会計とは切り離された独立採算制をとっている。市民から徴収する上下水道料金で事業を運営し、その収益を老朽化した水道管の更新や施設の整備に再投資することで、未来のインフラを守っているのだ。
久留米市企業局 上下水道部 営業管理課 主任主事 坂東 孟氏は、上下水道料金の算定や収納といった基幹業務の管理に携わる一方で、庁内のサーバやネットワーク、そして業務システムの運用管理を一手に引き受けている。いわば「水道局の情シス」的な立ち位置だ。市民生活に直結するライフラインだからこそ、一瞬たりとも業務を止めることは許されない。その重圧のなかで、効率的かつ持続可能な業務フローを構築することが、坂東氏の大きなミッションとなっている。
(左から)久留米市企業局 上下水道部営業管理課 主任主事 三海 奈穂子氏、坂東 孟氏、課長補佐 上河 達郎氏
2. 一人の“匠”に頼りすぎた 30 年〜ブラックボックス化したレガシーシステムが抱えたリスク
久留米市企業局における FileMaker の歴史は古い。導入は 1995 年頃にまでさかのぼり、実に 30 年近くにわたって現場の業務を支え続けてきた。2004 年には FileMaker 100 ライセンスを契約して水道事業の基幹システムとして稼働させ、ペーパーレスに取り組んでいたことからも、その活用規模の大きさがうかがえる。
しかし、長年の運用には大きな課題が潜んでいた。それは、システムの構築と保守が、たった一人の職員の個人的なスキルに依存していたことだ。一人のベテラン職員がその卓越した技術力で、水道加入金(=水道の利用希望者が、申込時に水道局へ納付するお金)を管理するシステムや、漏水対応などの修繕受付システムをはじめ、あらゆる業務アプリを運用していたのである。現場からは厚く頼りにされていたが、アプリの中身は完全にブラックボックス化され、運用が属人的になっていた。
転機が訪れたのは 2020 年頃。その“匠”とも呼べる職員の退職が決まったときだった。複雑に作り込まれたシステムの全容を把握している者は、庁内に誰もいない。「このままでは、彼がいなくなった後に業務継続が困難になる」と、坂東氏は強い危機感に駆られた。
そこで同局が業務委託先として選定したのが、同じ久留米市内に拠点を置く Claris パートナー、株式会社テクノ・カルチャー・システムだった。坂東氏が地元で FileMaker を扱うシステム会社を調べていたときにその存在を知り、すぐに相談を持ちかけた。そこで今後の保守体制や開発における役割分担についてアドバイスを受け、二人三脚でのシステム再構築が始まった。
久留米市企業局 上下水道部営業管理課 坂東 孟氏
3. 「丸投げしない」選択。職員が自分たちのシステムを育てる体制へ。
ここで特筆すべきは、開発をパートナー企業に「丸投げ」しなかった点だ。予算が潤沢にあるわけではない公営企業の事情もあり、同局は「開発はあくまで職員が内製で行い、運用保守の相談やライセンス周りのサポートをパートナーに依頼する」という体制を選択した。
「前任者が遺したシステムは偉大でしたが、そのまま使い続けることはできません。私たちはパートナーの力を借りながら、現代の業務環境に合わせてシステムをバージョンアップし、複数の職員が技術を習得して自分たちの手で育てていく方針を決定しました」(坂東氏)
こうして、一個人のスキルに頼っていたレガシーシステムは、組織として管理・運用する新たなフェーズへと移行することになった。
FileMaker メイン画面。ここから各業務に推移可能だ
4. ERP では埋まらない「隙間」。 FileMaker が担う “賢いサブシステム戦略”
現在、久留米市企業局では、他社製の基幹システムが水道料金の計算や収納管理といったメイン業務を担っている。しかし、地域独自の業務ルールや、現場レベルの細かい要望までをすべて巨大なパッケージソフトでカバーすることは難しい。そこで同局が選択したのは、パッケージソフトでは手が届かない「業務の隙間」を FileMaker で埋めるという戦略だった。
坂東氏は、FileMaker で構築したシステム群を「サブシステム」と位置づけ、基幹システムから書き出したデータを活用する形で運用している。現在、このサブシステムを利用しているのは、上下水道部内の約 40 名の職員だ。
このサブシステムには、実に 120 種類以上もの機能が集約されている。例えば、前述した「水道加入金の管理システム」は、新築工事などで水道を引く際に発生する負担金や履歴を管理するアプリだ。また、「水管橋台帳」では、川を渡る水道管の設置場所や仕様、点検履歴をデジタルで管理している。これらはすべて、職員が自らの手で開発・改修を行ってきたものである。
5. 数千万円のシステム改修が「実質ゼロ」に。
以前、水道加入金の管理システムを基幹システムに移行できないか検討したことがあり、ベンダーに見積もりを依頼したところ、導入には数千万円規模の費用と長い期間が必要であることが判明した。上下水道部として予算の制約があるなか、現状の資産を使い続ければ追加費用がかからないことから、FileMaker による継続運用を選択。
「ベンダーに依頼すれば導入費が数千万円かかり、さらに追加でライセンス費用などを支払うことになる事業が、FileMaker 資産の継続利用により、追加費用ゼロ、さらに運用費用もごくわずかで実現できています。普段は意識していませんでしたが、このときに改めてFileMakerのコストパフォーマンスの高さを感じました」(坂東氏)
また、現場業務の実情に合わせた運用も特徴だ。水道工事や修繕の現場では、図面や指令書を「紙」で運用する必要がある場面がいまだ多い。そこで、受付情報は FileMaker でデジタル管理しつつ、業務委託先に渡すための帳票を随時出力できる仕組みを整えている。現場の状況や対応履歴などのデータを一元管理しつつ、完全なペーパーレス化を急ぐのではなく、業務委託先を含めた現場が動きやすい形をシステム側が柔軟にサポートしているのだ。
6. 料金改定シミュレーションを内製し、適正な賦課徴収が可能に
FileMaker による内製開発は、公営企業にとっての使命である「料金の適正な賦課徴収」において成果をもたらした。その象徴とも言える事例が、「料金改定シミュレーション」システムの内製開発だ。
事業を維持するため、同局はコストの削減や経営効率化に取り組んでいるが、人口減少等による収入の減少、施設の老朽化による維持管理経費の増大、さらには、災害対応等も含めた経営環境が悪化した場合には、料金の改定を実施せざるを得ない状況となる。令和7年度に下水道使用料を改定した際、新料金体系によって年間60万件以上の下水道使用料が適切に賦課されているかを全件確認したうえで請求する必要があった。
坂東氏は、基幹システム開発元が料金改定に伴うプログラム改修を行う際、基幹システムから複数年分の料金データを CSV 形式でエクスポートし、それを FileMaker に取り込んで検算。適正に下水道使用料が賦課されているか確認したのち、統計資料を作成するシミュレーションシステムを構築した。
その結果、目視確認によるミスや基幹システムの不具合を事前に指摘し、さらに膨大な確認作業を圧縮して効率的かつ手作業では不可能な全データ検証作業を誤りなく実施することに成功したのである。
左の「入力用」に CSV ファイルのデータを読み込むと、改定料金が自動計算される。ここから年間収益の統計も FileMaker で行える
「自分たちでロジックを組んでいるので、プログラム修正などの試行錯誤も即座に行えます。この柔軟性とコストパフォーマンスこそが、私たちが 30 年以上 FileMaker を使い続けている最大の理由です」(坂東氏)
業務効率化の面でも、大きな成果が上がっている。その 1 つが「撮影画像照会システム」の導入だ。以前は検針のデータの数値に疑義を抱いても、その証拠となる写真が手元になく、職員が現地まで再調査に行かざるを得ないケースが多発していた。そこで、検針員が持っているスマートフォンでメーターを撮影し、その画像をサーバに送信する仕組みを構築した。
これにより、庁内の職員は自席の PC から即座に現地の写真を確認できるようになった。「本当に漏水しているのか」「誤検針ではないか」といった判断が瞬時に行えるようになり、現地への再訪問という移動時間と労力が大幅に削減されたのだ。
7. 「自分たちでも作れるかもしれない」 自治体向けセミナーが変えた職員の意識
こうした内製化の動きを加速させたきっかけの一つが、Claris が主催する「自治体向け個別体験セミナー」だった。坂東氏は、自治体職員向けメディア『ジチタイワークス』で他市の活用事例*を目にし、部内でのスキル底上げのためにセミナーを申し込んだ。
セミナーには部内から 15 名ほどの職員が参加。実際に iPad を使ってアプリ作成を体験したことで、職員たちの意識に変化が生まれた。「システム開発は専門家しかできない」という思い込みが消え、「自分たちでも業務改善ができる」という自信が芽生えたのだ。現在では、若手職員を中心に「こういう機能が欲しい」「ここを直したい」というアイデアが活発に出るようになり、組織全体でシステムを育てる風土が醸成されている。
8 . 小さな成功体験を、庁内 DX の「当たり前」へ
かつて職員の個人的なスキルから始まった久留米市企業局のシステム活用は、いまや組織の力として定着し、次なるステージへと進もうとしている。
今後の展望として坂東氏が見据えているのは、現場に残るアナログ業務のさらなるデジタル化だ。特に、現場対応の最前線では、いまだに紙の図面を持ち歩くスタイルが主流となっている。今後は現場から直接 FileMaker にアクセスし、情報参照や報告書の作成を完結できる環境を整えたいと考えている。
また、上下水道部で培った「ローコード開発による内製化」のノウハウを、局内の他部署に展開していくことも視野に入れている。予算や人員が限られる自治体の現場において、「自分たちの手で課題を解決できる」という成功体験は、何物にも代えがたい資産となるからだ。
「『予算がないからシステム化できない』と諦める前に、まずは自分たちでやってみる。FileMaker なら、スモールスタートで始めて、走りながら改善していくことができます。私たちの事例が、他の部署や同じような課題を抱える全国の自治体にとって、一歩を踏み出すきっかけになれば嬉しいですね」(坂東氏)
かつての“匠”が遺したバトンは、パートナーという伴走者を得て、チーム全員で握る確かな希望へと変わった。久留米市企業局の挑戦は、自治体 DX のあるべき姿を体現している。
【編集後記】
「外部からパッケージソフトを導入するのみでは業務全体のコストパフォーマンスは向上しません。組織的に技術力を保持することで、外部委託先のノウハウを効率的に取り入れることができ、業務全体の最適化が可能になると思います」坂東氏のこの言葉に、現場のリアリティが凝縮されていた。一人の担当者に依存していたシステムを、パートナーの支援を得て組織の力へと昇華させた久留米市企業局。数千万円のコスト回避もさることながら、職員に「自分たちで作れる」という自信が芽生えたことこそが最大の成果だろう。“水”というライフラインを守る誇りと現場の熱意がある限り、このシステムは進化し続ける。
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*ジチタイワークスに掲載されている Claris FileMaker 導入事例はこちら。
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