目次
- 自身の診療業務の利便性向上をきっかけに開発
- 多職種連携を機能させる充実した患者情報の共有環境
- 10年以上の運用持続の背景にある Claris パートナーの技術支援
札幌市東区を拠点に医療・介護サービスを提供する社会医療法人 豊生会グループ。機能強化型在宅療養支援病院の東苗穂病院をはじめ、在宅療養支援診療所 7施設、また訪問看護ステーションなどで、Claris FileMaker をプラットフォームとして内製開発した医療情報共有システム「HoNet」を 10年以上にわたり運用している。グループの 1クリニックである丘珠明陽医院 院長の原田伸宏氏が 1人で開発を始め、後に Claris パートナーの株式会社 DBPowers(札幌市)の技術支援により完成した同システムは、豊生会の準基幹システムという位置付けで、地域の在宅医療を支えている。同システム開発の背景や、システム構成を見直しながら進化を続けてきた経緯を原田氏に伺った。
丘珠明陽医院院長 原田伸宏氏(中央)と HoNet の運用を担う豊生会 運営本部総務課の方々
1. 自身の診療業務の利便性向上をきっかけに開発
豊生会では、同会が運営する 7つの病院・クリニックが連携し、「札幌あんしん在宅医療ネットワーク」として地域住民の在宅医療にあたっている。内科、皮膚科、神経内科、歯科など、クリニックがそれぞれ得意とする外来診療を行いながら機能強化型在宅療養支援診療所(連携型)として機能している。連携型の在宅療養支援診療所とは、各クリニックが主治医となっている在宅患者(施設入居患者を含む)に対して、夜間や休日診療について連携する他のクリニックがバックアップする体制のこと。同グループが抱える在宅患者は現在、全体で 1300人以上。かなりの人数であるがゆえに、自院が訪問診療する患者の情報は記憶できても、他院の在宅患者となるとそうはいかない。そのため、夜間・休日診療の当番医師が全在宅患者に対応していくための情報共有システムが必要だった。それが HoNet 開発のきっかけだった。
HoNet の現在のメニュー画面。在宅医療にあたる全医師が全施設の患者情報にアクセスでき、診療対応できる
HoNet の原点となるシステムは、豊生会のサテライトクリニック(東雁来すこやかクリニック)が開設された 2008年にさかのぼる。当時、原田氏はそのサテライトクリニックと東苗穂病院の両方で診療にあたっていた。「病院勤務時にもクリニックの患者情報をその場で参照できるようにして、クリニックの業務を円滑にしたかったのです。また、両施設とも電子カルテは未導入で、訪問診療の都度、患者の紙カルテを持ち出すのが大変だったので、患者宅で記録できる環境を作りたいと考えました。それが FileMaker で診療情報システムを開発しようと考えたきっかけでした」と当時を振り返る。
豊生会 在宅医療部が原田氏に HoNet 開発を要請した背景には、こうした経緯があったからだ。FileMaker について当時も現在も原田氏は、「本格的なプログラミング知識がなくても、欲しい機能を視覚的にもわかりやすく実装できる」、「かゆいところに手が届くツール」と評価している。
2. 多職種連携を機能させる充実した患者情報の共有環境
HoNet は、すべての施設の在宅患者情報を共有し、夜間・休日でも主治医に代わって診療対応できることを目的としているが、訪問看護師や施設看護師、理学療法士など多職種で 1人の患者を支える多職種連携において、大いに有用性を発揮している。それぞれの職種から寄せられる患者の観察記録は、主治医にとっては欠かせない情報だからだ。
原田氏が院長を務める丘珠明陽医院では、外来診療患者が多くを占め、訪問診療は介護施設の患者が中心だ。同院はベンダー製の電子カルテシステムを使用していないが、診察記録や治療行為の指示・記録などは電子カルテと同様に HoNet を活用している。例えば、往診する患者に関して、施設の事務職員や看護師の記録を事前に確認することで準備ができ、診療の効率化につながっている。「往診前に患者さんの症状変化をはじめ、バイタル変化、残薬状況などの記録を確認し、採血準備やレントゲンの予約、追加処方の有無などを準備できます。VPN 接続が可能なため、自宅からでも診察準備ができる利便性があります」(原田氏)。
往診時にはその場で HoNet に所見等を入力し、薬を処方する際には処方指示を入力・確定すると、院内の事務職員がリアルタイムに指示を見て処方箋を発行、FAX サービスを利用して薬局に処方箋を送信するなど、一連の業務がスムーズかつ効率的に進められる。HoNet では看護師にもバイタルや食事、水分摂取、排泄、服薬などの情報が共有される仕組みになっているため、業務の効率化だけでなく患者一人ひとりに対する診療の質向上にも役立っている。
HoNet の患者記録画面では医師だけでなく、訪問看護師あるいは施設看護師による記録も共有できる(ピンク色の背景部分が看護師の記録)
患者記録には画像の添付もできるので、褥瘡(じょくそう)の状態、傷や腫れの状態なども写真で確認できる。豊生会の在宅医療部全体で 100台以上の iPad(セルラーモデル)で HoNet を活用しており、各施設の職員が患者と対面しながら Claris FileMaker Go を使って診療内容を入力し、内蔵カメラで患者の様子を撮影・記録できる環境を整えている。「症状を見てグループ傘下の皮膚科医師などに指示を仰ぐ、加療を依頼する、などのときに有効です」(原田氏)。医療・介護現場の多職種連携では状況に応じた対処指示をする際、メッセージアプリなどで画像を含む情報をやり取りするケースも多い。しかしその場合、気軽に使えるものの情報を診療録として残すには制限がある。一方、HoNet では多職種の記録も統合・共有できるので、そのまま医療行為に活用しながら診療録としても残せる点が決定的に異なると原田氏は指摘する。
看護師も看護記録や対応内容を入力でき、多職種による情報共有を円滑にしている
医師が記録する際は、同じ画面で看護師による情報を参照できるため、患者の状況把握に非常に役立つ。訪問看護師は訪問回数が医師よりも多く、患者に関する記事も事細かく入力してくれるので、チーム医療に有効だと原田氏は言う。特に終末期の患者の場合は看護師から日々情報がアップデートされ、即座に共有できるため終末期ケアを行ううえで速やかな対応が可能になる。「私が当番のときに、初めて会う患者さんの看取りをしたこともありましたが、どのような経過をたどり最期を迎えたのか、HoNet を参照することで診療と容態推移をすべて把握できました」(原田氏)と話す。
10年以上にわたり運用され続けている HoNet。現在、登録患者は 1300人を超え、常時 100人程度の職員が接続しているという。訪問看護師や施設看護師、介護職員などは入れ替わりもあるが、新入職員に対しては各施設で操作方法を簡単に指導する程度で、何事もなく引き継がれているという。それは直感的に操作できるシンプルなユーザインターフェースを備えているという、システムの完成度の高さを物語っている。
3. 10年以上の運用持続の背景にある Claris パートナーの技術支援
原田氏は、診療業務に集中できるよう徹底的にカスタム App に機能を組み込んできた。しかし、長年にわたり独学で習得した技術・手法で開発してきたため、属人化による技術負債が積み重なる経験もしてきた。「そもそも、各施設の関係者から情報共有における課題等をヒアリングして要件定義したうえで設計したシステムではなく、私自身の考えに基づいて必要と思える機能を実装したものです。稼動後は、それぞれの要望に沿って改修や機能追加に対応してきました」(原田氏)。その結果、機能としては動作していても、その裏でシステム全体の構造、テーブル間の連携が把握しにくい状況になっていたという。さらなる機能追加を行っていくために、“見通しの良い”システム構造にしたい、安定した動作環境にしたいと原田氏は考えていた。
その原田氏の要望に応じて、システム見直しの技術支援をしたのが、DBPowers 代表取締役の有賀啓之氏である。同氏の支援により、リレーションシップ構造を徹底的に見直し、ID 設定やリンク属性の確認などを変更。原田氏が求めていた環境を作り上げることができた。機能開発・運用プロセスにおいても、基盤システムになるほど慎重にあるべきだと両者で議論した。FileMaker の大きな利点はユーザの要望に迅速対応できることだがそこにはこだわらず、次回の機能追加・変更通知や改修時期の告知、ベータ版リリースを経て本リリースと、着実にアップデートしていく安全策を講じてきたと話す。
当初は、さまざまな画像データも当初は 1つのファイルに格納されていた。それに加え、Claris FileMaker Server のバージョンアップが追いついていなかったこともあり、システムダウンが度々発生したという。そして復旧にも時間を要していた。そこで有田氏の技術支援の下、画像データを分離したり、使用頻度の高い情報を適度に分割したりして、仮にシステムダウンしても運用面で最低限必要なファイル群を先行して起動できるような耐障害性を高める構造にした。「有賀さんの技術支援により、システム構造はガラッと変わり、サーバーのバージョンアップもあって安定性も向上しました」(原田氏)。
電子診療録の真正性を担保する仕組みも、FileMaker カンファレンスで実装方法についての講演を聴講し、有賀氏の支援を受けて HoNet に実装した。「地方厚生局の監査の際には、事前に印刷して提出するカルテとあわせて、追加の質問に対して、その場で、iPad で HoNet を見せながらわかりやすく回答でき、問題なく監査を終えることができました」(原田氏)。
こうしたシステムの発展性・信頼性向上に向けた取り組みを経て、原田氏は FileMaker による内製開発システムを持続運用していくためには、自分ひとりで開発を担うことなく、Claris パートナーの技術支援の下で開発するべきだと主張する。「個人的に使用するカスタム App ならいざ知らず、多施設・多職種で持続的に利用する基盤システムであれば、支援を受けながら開発することで発展性も望めることでしょう」と提言してくれた。
編集後記
インタビューでは、HoNet が現場を熟知する医師が自らの課題に即して開発した「現場に根づいた道具」であることを強く感じた。見栄えの良い洗練された機能を誇るのではなく、必要とする人が、必要な情報を、その場で利用できることに徹している。その結果、医師・看護師・相談員・管理栄養士・事務スタッフなど多職種が連携し、グループ全体で質の高いサービスを提供する「札幌あんしん在宅医療ネットワーク」を機能させていると感じた。実際のシステム運用は、診療業務で多忙を極める開発者の医師が負うのではなく、運営本部の担当部署が担っている。その点も 10年以上にわたる HoNet の持続運用を支えているのだということが理解できた。