事例

県税の滞納整理業務の効率化を目指し、FileMaker ベースのカスタム App を独自開発

熊本県は、地域振興の推進や住民サービスの提供を効果的、効率的に実施していくため、県を 4 地域に分け、その出先機関として県央広域本部(熊本市)、県北広域本部(菊池市)、県南広域本部(八代市)、天草広域本部(天草市)の 4 広域本部を設置している。

熊本県の県税収入は 2017 年度で、約 1693 億 7800 万円。主要税目は個人県民税、法人事業税、地方消費税、自動車税などが上位を占めている。これら県税の徴収を担うのが、4 広域本部の収税担当である。

同県では 2014 年度まで納税に関する情報管理を紙ベースで行っており、滞納が発生した場合に滞納整理カードと呼ばれるはがき大のカードが発行される。滞納整理カードは、滞納額の中でも大きな比重を占める自動車税と、それ以外の一般税(個人住民税、事業税、不動産取得税など)に分けられ、さらに過年度分と現年度分に分けて管理されていた。カードには、収税担当者が滞納者との納税交渉記録や財産などの情報をカードに経時的に手書きで記載したり、記録した内容を縮小コピーして貼り付けたりして滞納管理を行っていた。

長年運用されてきたはがき大の滞納整理カード。

滞納整理カードは、交渉履歴を縮小コピーして貼り付けるなど、記録と情報管理に多くの時間が費やされていた。

紙ベースでの交渉記録の追加・更新作業には、業務負荷がかかる上、滞納者から事務所に電話連絡があった際に、該当者のカードを手作業で探し出して交渉にあたらなければならないため、担当者の作業効率が悪く、相手を待たせるなど住民サービスの低下につながっていた。また、納税交渉で滞納整理カードを持ち出している間は当該者の情報がないため、対応が困難であるといった課題もあった。

「電話による問い合わせで、氏名・住所を基に滞納整理カードを探す出すのに 3 分以上かかることもあり、これが一番の問題点でした。地区ごとに担当者分けしているので、担当地区外の方の応対ではさらにお待たせしてしまう場合もありました」。天草広域本部 総務部 税務課(当時)の原田敬三氏は、紙による滞納整理カード運用の課題をこう振り返る。

そこで、滞納整理カードを電子化することを検討するプロジェクトチームを立ち上げ、滞納整理業務の効率化を目指した。

熊本県天草広域本部 総務部 税務課(取材時) 原田敬三氏

自ら習得した技術で開発できる容易さで採用

そのシステム化を FileMaker プラットフォームで実現したのが、天草広域本部税務課の徴税吏員であった原田氏だ(2019 年度より本庁税務課に異動)。同氏は FileMaker バージョン 5 (1999 年発売) を使った経験があった。当時はまだ機能的に“カード型データベース”と称されていたが「紙によるカードで管理しているため、FileMaker で管理できるのではと考えた」(原田氏)ことがきっかけ。原田氏が触っていた当時に比べて FileMaker はリレーショナルデータベースへ、そして高速アプリケーション開発ツールへと大きく変貌していたが、「テーブルを作成するとレイアウトが容易に作れる構造はそのままで、とてもわかりやすく、さまざまな検索条件に対して柔軟に対応できる良さがありました」と採用の動機を話す。

実は、他の広域本部で VBA で作成したものが既に存在していたのだが、保守管理ができず、放置されていたという。「FileMaker の無料評価期間中にプロトタイプを作成できるようなら、私が異動した後でも他の人が保守管理できるので、継続運用が可能だろうと考えました」と、FileMaker の扱いやすさに期待を持って開発に取り組んだ。

広域本部でプロジェクトを立ち上げたのが 2014 年。原田氏が約 30 日で最初のプロトタイプを作成し、1 年近くプロジェクトで検討を重ねた。2015 年から天草広域本部ともう 1 か所の広域本部で試験運用を開始し、2018 年度に県庁に FileMaker Sever を置き、全県の広域本部 100 名での本格運用に移行した。FileMaker Pro Advanced に搭載されている暗号化機能でデータベースファイルを暗号化。AES 256 ビット暗号化をサポートしており、高セキュリティでデータが保護されている。

滞納整理カードの納税者基本情報や交渉履歴、納付履歴などを一画面で管理(画面は自動車税の滞納整理情報)

カスタム App は、滞納整理カードと同様に自動車税とそれ以外の一般税に分けて、管理項目およびレイアウトもほぼ同じに作成されている。自動車税の場合は、画面左側に滞納者の基本情報(氏名・住所・連絡先・納税者番号・所有自動車ナンバーおよび登録情報・課税年度・督促状発送年月日など)を、右側に交渉履歴や納付履歴、処分履歴などを表示する。交渉履歴もカードに経時的に記録したように、交渉日付、電話・訪問・差押などの交渉形態とその交渉内容を記載する。納税者の基本情報テーブル、それにリンクされる税目テーブル、交渉履歴テーブル、納付履歴テーブルなどデータベーステーブルは 30 以上に及ぶ。また、さまざまな検索等を実行する自動化スクリプトは 90 を超え効率的な業務運用が実現している。滞納者との接触状況を視覚的に把握できるよう緑・黄・赤で表示している。

試験運用から現在に至るまで、見やすさを求めたレイアウト変更や検索条件の追加など、各広域本部の担当者から要望を吸い上げて、可能な限り追加し、さらに使いやすいシステムへと成長を続けている。「技術的に私が可能な範囲での対応ではありますが、要望をすぐに反映できる点は FileMaker を用いて内製化しているメリットです」(原田氏)。

滞納整理業務の効率化、電話対応の迅速化を実現

滞納整理のカスタム App による運用成果で最も顕著なのが、滞納者からの電話対応の迅速化である。当該者の氏名、住所、税目などを聞き取って地区担当者の机内から滞納整理カードを探し出し、対応できるまで 2~5 分程度かかっていたのが、氏名や自動車の登録番号で検索できるため、数秒で滞納者情報を呼び出せる。

さらに「交渉記録の情報共有が進展したので、軽微な内容であれば担当者でなくても対応できるようになりました」(原田氏)という。

紙のカードのときは電話を待たせてしまうこともあり、場合によっては折り返し電話することもあった。「納付相談をしようとする方は話す内容を考えた上でかけてきているので、その場で対応できないことはサービス低下になるし、納付交渉の妨げにもなります」(天草広域本部税務課参事 松本太氏)と、電話対応迅速化の効果を説明する。

熊本県天草広域本部 総務部 税務課 参事 松上太氏

各滞納者の情報管理作業そのものの効率化も向上した。従来は納税者の基本情報は基幹系から出力したカードを作成し、交渉履歴や財産情報などすべて手書きだった。システム化によって納税者基本情報や日々の納付情報などは基幹系システムから FileMaker へインポートでき、交渉記録などはキーボード入力で迅速化が図れた。

交渉内容が以前と同じような結果だった場合は手書きの転記を余儀なくされていたが、コピー&ペーストなどで担当者の事務作業負担は軽減するとともに作業時間や転記ミスも大幅に減少したという。記録業務で文字を書く時間が減ったことは画期的な事だといえる。

また、従来は各担当者から上がってくる滞納整理の進捗状況を班長がとりまとめ、課長によるヒアリングが行われるのは四半期あるいは半期に一度のペースだったが、現在では滞納状況、交渉内容はリアルタイムに確認・把握できるようになり、確認履歴も管理している。「上司自ら日々チェックできるようになったことは画期的です。必要な調査や交渉方針などをいつでも指示できるようになりました」(天草広域本部税務課長 叶啓司氏)とし、納付交渉の円滑化や処分の適正化も図れていると話す。

熊本県天草広域本部 総務部 税務課 課長 叶 啓司氏

納税者との交渉を重ねても支払い拒否など滞納が続いた場合、預貯金や不動産の差押、換価などの滞納処分が行われるが、処分対象となる財産の情報も管理している。例えば○月○日にある金融機関に臨店差押に出向くとき、事務効率化のために他の担当者に同店に預貯金がある滞納処分すべき者がいるかを尋ね、あわせて差押を行う。「以前はカードを調べてもらい預貯金の確認や差押の適否を判断するために、各担当者へは 3~4 日前に知らせる必要がありました。現在はその金融機関に口座がある滞納処分者をすぐに検索できるため、当日に準備することが可能です」(原田氏)と、効率化された行政運営のメリットと説明する。

継続運用を考え、リバースエンジニアリングで設計書作成

FileMaker による滞納整理管理システムは、原田氏ひとりの手によって開発が行われた。「教本を頼りに 30 日で基本構造を開発できるのであれば、誰でも保守管理できる」という考えで採用された FileMaker であるが、開発した人が異動したり、退職したために保守管理されないまま放置されてしまうケースはままある。内製したカスタム App の大きな課題であり、持続運用のための施策は重要だ。県では原田氏が作成・改修したカスタム App を、継続運用できるようリバースエンジニアリングで設計書のドキュメント化を進めてきた。「開発会社に保守管理・機能改修を依頼することを想定して基本設計を明文化しているもので、過去にあった独自開発ソフトの二の舞にならないよう手立てしてます」(原田氏)。

今後の機能拡張では、セキュリティを強化するとともにタブレット端末による外出先からのアクセスも考えていきたいという。滞納者の自宅に出向いて交渉する臨戸では、現在は当該者の情報をプリントして携行しているが「預貯金口座を含む機微情報であるだけに、紙に出力したものの管理にコストがかかっている。また、臨戸に出向いた近隣で別の滞納者が在宅していたとき、その場で当該情報にアクセスできれば、交渉機会を失わずに済みます」(原田氏)とし、モバイルアクセスのメリットを説明する。

収税担当者のコア業務は、滞納者を滞りなく漸減していくこと。滞納者はさまざまな問題を抱えていることが多く、納税交渉には滞納した原因や現在の生活状況・事業状況を聞き出し、納付の方法を滞納者と職員が検討することが重要とされる。FileMaker による滞納整理システムが稼働したことで、担当職員の業務が大きく効率化されて事務作業の時間が削減されたために、滞納者と接する時間を増やすことができ、丁寧な納税交渉や住民サービスの向上につながった。こうした熊本県の新しい取り組みが今後も注目される。

熊本県 総務部 市町村税務局 税務課

熊本県熊本市中央区水前寺6丁目18番1号

業種:地方行政機関(税務課)

概要

同県広域本部総務部税務課は、県民税の徴税に関して納税者が納期限までに納付しない場合の滞納整理を管理する FileMaker ベースのカスタム App を運用している。天草広域本部の担当職員自らが開発したカスタム App は、基幹システムである県税システムから納税者基本情報、納付情報などを取り込み、主に滞納者との交渉記録を入力・管理し、納税整理業務のペーパーレス化を実現。丁寧な納税交渉とその円滑化によって滞納漸減に寄与している。

導入効果

  • 従来、紙による滞納整理カードによる滞納者情報をシステム化したことのより、滞納者からの電話問い合わせの際の対応時間を短縮化。システムによる滞納者情報の共有が進展し、担当地区外の滞納者問い合わせにも迅速に対応できるようになり、納税者のサービス向上につながった。
  • 基幹系システムからの納税者基本情報のインポートや交渉履歴などのキーボード入力および参照により情報整理にかかわる事務作業を効率化し、作業時間短縮を実現。省力化によって生み出された時間を滞納者対する丁寧な納税交渉に充てられるようになった。
  • 上長による滞納・交渉状況のチェックが日々できるようになったことから、必要な調査の実施や交渉方針について、いつでも指示が出せるようになった。
  • 預貯金の差押などの滞納処分に関して、同一金融機関・支店に口座を持つ滞納者を素早く抽出できるようになり、まとめて差押が可能になったことで滞納処分事務の効率化につながった。